第3話
考えること自体がもう無駄なことだと割り切ったオレたち三人と陽総院兄弟のあわせて五人は、神一郎に言われるまま、掃除用具入れの奥にいつの間にか作られていたエレベーターに乗りこんだ。まるでSF映画に出てきそうな材質不明な壁と床に覆われたその空間は、神一郎が何やら壁際のボタンを押すと、音もたてずに降下を始める。
「ていうか。こんなもん学校の地下に勝手に作って大丈夫なんすか?」
エレベーターに揺られている間に、不意に祐樹が神一郎にそう問いかけた。すると彼は肩をすぼめてにこやかに答える。
「それは当然、許可は得たとも。代わりに校長殿は、長期休みに入ればどこかバカンスにでも出かけるのではないかな。いや、家を建て替えたいとも言っていたな」
「うっわ、買収されたのかよ。金持ちこっわ」
「正に札束で殴り倒したといった塩梅でござるな……。げに恐ろしき陽総院の財力よ」
聞きたくなかった裏事情に、オレたちはげんなりと肩を落とした。
通っている学校の長が金で買収されたという話は、何とも言えない気持ちになる。
そんなオレたちの微妙な心情を他所に、エレベーターは粛々と進む。
やがて落下感覚が薄くなり、ついには完全に停止した。エレベーターが停止すると、唐突に入ってきた側の壁に青い光が走る。直後、その光の走った場所に亀裂が入り、扉は瞬く間に両サイドや上下の壁へと引っ込んでいった。その光景に、オレはちょっとカッコいいと感じて興奮した。
扉の先にあったのは、これまた材質不明の長い廊下だった。ここにも回路のようなものが埋め込まれており、ちらちらとあちこちで光がその回路の中を泳いでいる。近未来的、或いはアニメや漫画的には古代文明の遺跡のようなその装いに、オレたちは茫然とその光景を眺めた。そんなオレ達を差し置いて、陽総院兄弟はそそくさと前へ進んでいく。慌てて使い込みすり減りつつある上履きをペタペタ言わせながら、オレたちも後に続いた。
一体どれほどの地下に作られたのだろうか。エレベーターには階層表示もなければ窓もなかったため、自分たちがどれほど降りたのか見当がつかない。けれどそんな浅い階層ではないだろうなと感じるほど、天井は高かった。
当初は直線であった廊下が、あるところから大きく弧を描くように緩やかに曲がり始める。そのまましばらく歩を進めていると、やがて先頭を歩く神一郎が立ち止まった。
「ここだ」
彼はそう言うと、すぐ横の壁へと目を向けた。
特に周りの壁と差異がないように見える。いや、よく見ると一点、何か端末のようなものが埋め込まれた場所があった。その端末に手をかざした神一郎は、更に何かを打ち込む動作をする。
直後、その端末の横の壁がエレベーターの時と同様に光を走らせ、壁であったところに大きな出入り口が形成された。「おぉお……」と思わずオレたちは驚きの声を上げる。
「さあ、入ってくれ。そして我らが成果を存分に見てくれ給え」
気障ったらしく髪をかき上げる神一郎を横目に、オレたちは恐る恐る奥へ足を踏み出した。
壁の奥に隠されていた空間は、体育館ほどの広さと高さがあった。しかし、さほど広々とした印象は受けない。その体積の大部分が、謎の機材やディスプレイ、配管、そしてガラス(……のように見えるが、どことなく違う気もする)のショーケースのようなもので埋め尽くされていたからだ。
見た感じ、四つほどある透明なショーケースを中心に、大小さまざまな配管が上から下から伸び出して、壁を覆い尽くすかのような大きさの機材につながっているようだ。そこからさらに配線が伸び、ディスプレイが備え付けられた人の高さほどの機械へと辿ったところで、オレの視線は行き場を失った。
「な、なんすかこれ……」
片鱗すら理解できない機械群に、祐樹があんぐりと口を開ける。半助も同様に口を半開きにしつつ「面妖な……」とつぶやいた。
「ふっふっふ。これが上で話した最終手段というやつだ。俺と長兄の力を結集させた、革命機さ」
各々驚いて固まっているオレたちをしり目に、不敵な笑みを浮かべる神三郎。しかし彼がそう口にしたところで、機械に目を奪われていたオレたちは、誰一人彼を振り向くことはなかった。
数秒後、やばいと思って我に返ったオレが振り向くと。神三郎は不貞腐れた感じで口をとがらせていた。
「……こ、このでかい機械は一体何に使うものなの、サブさん?」
若干面倒くささを感じつつも、オレは神三郎に声をかける。すると彼は一瞬ぱぁと目を輝かせると、くいと眼鏡の位置を正した。
「詳しい原理は恐らく理解が及ばないであろうから省略するが。この装置を使えば、どんな野郎も女子になることが出来るのだ」
「…………………へぇ」
「信じていないな、成一よ」
自信満々と言った様子で口にした神三郎。それに全く理解が追い付かなかったオレは、誰がどう聞いても気のない返事を漏らす。それに神三郎は非難の目を向けてきたが、オレはただ肩をすぼめることしかできなかった。
「そりゃあ……。そんな非現実的なことを言われてもね……」
オレがそう口にすると、神三郎は軽く目を見開く。そして「成程」と何か納得した様子で眼鏡の位置を正した。
「確かに、現代の常識では測れない現象だ。成一のみならず、お前たちが信じられないのも無理はない。そうだな――」
神三郎はほんの少し考え込むような間を開けると、やがて神一郎へ向けて手を上げおもむろに歩き出した。
向かう先は、十段ほどの階段を上った先にある大小さまざまな導線が繋がれた、ショーケースのようだ。
「長兄、装置の起動とミラーの用意をしてくれ。まず先に俺が見本を見せる」
「いいだろう。任せておけ」
神三郎がショーケースに歩み寄る間に、神一郎が何がしかの装置を叩き始めた。それと同時にあたりの機械が息を吹き返したかのように動き出す。
「おいおい、何が始まるってんだ……」
「……ご両人、あれを見るのじゃ」
オロオロとあたりを見回していると、不意に半助が壁際の一角を指さす。その声に従い振り向いてみると、天井からとてつもなく大きな鏡が下りてきているところだった。
「鏡?」
「それは変化後の自身を確認するためのものだ」
オレたちが突然現れた鏡に戸惑っていると、ショーケースに備え付けられた扉に手をかけながら神三郎がそう答えてきた。変化後の自身を確認する――それが本当にこの鏡の役割なのだとしたら、冗談抜きでこの装置群を使えば体が変化するのだろうか。
……にわかには信じられないのだが。
「……マジで言ってんのか」
「ああ、大マジだとも。……長兄、準備は?」
「問題ない。何時でもいけるぞ、末弟よ」
そうこうしているうちに、装置の準備が整ったようだ。階下からメインコンソールっぽい装置に手をかけながら神一郎が軽く合図を送るのを見届けると、神三郎は意気揚々とショーケースの中に入っていった。そして彼がそのケース内の中心あたりで立ち止まると、黒色のシャッターが下りて中が見えなくなる。
「おいおい、見えなくなっちまったぞ?」
シャッターが下りた直後、ショーケースの上下に備え付けられた光源が光りはじめ、装置の稼働を示唆している。だが折角のショーケースなのに、中が見えなくなったことに拍子抜けしてしまった。祐樹が神一郎に目を向けると、彼は小さく肩をすぼめる。
「君たち高校生にわかるよう、かいつまんで説明することは難しいのだが。要はこの装置が行っていることは、肉体の揺らぎをつくり、その揺らいだ肉体の量子レベルでの再構築だ。故意に励起状態を基底化させることで、そのようなことを可能にさせているのだが――」
「……ごめんなさい、イチさん。ちょっと何言ってるかさっぱり分からないです」
頑張って理解しようと頭を働かせはした。したのだが……肉体の揺らぎとかいう言葉がでたくらいからオレの理解が追い付かなかった。ほぼ最初じゃないか。
今の説明で理解できないということを、神一郎も薄々想定していたのだろう。結局説明することを諦めたのか、ちらりとシャッターの閉まったショーケースへと目を向けた。
「兎に角。あのようなシャッターを閉めるようになった理由だが。実は見てわかる通り、最初は一部始終が見えるようにあのようなシャッターは存在していなかったのだ。だがいざ実験を行うとわかったのだが、体を再構築している間は少々刺激の強い光景を目にすることになってな。ともに研究していた研究者何名かが、その光景が脳裏から離れず悪夢を見るようになったと主張したため、隠すようになったのだ」
「悪夢まで見る光景って、一体なんだよ……」
「見るか?」
「いや結構です」
オレたちは神一郎の提案に丁重に首を横に振った。
それから数分ほど、装置は神三郎を飲み込んだままごうごうと低い音を鳴らしながら動き続けた。一体あの黒いシャッターの向こうで何が起きているのか……気にはなるが、神一郎の言葉から中を見る勇気は湧かず、ただひたすらに事が済むのを待った。
やがて装置の鳴らす音が徐々に小さくなっていき、遂には止むとともに上下の光も輝きを失った。
神一郎らの話が本当ならば、あのシャッターの向こうで、神三郎は女子へと変化をしているということだが。
先ほどは一瞬で閉まったシャッターが、今度は勿体ぶるようにゆっくりと引き上げられる。自然とオレたちは、その様を見つめながらつばを飲み込んだ。
やがて完全にシャッターが開き切ると。
「……マジかよ」
オレたちが抱いた言葉を、祐樹が無意識に代弁した。
ショーケースの中に立っていたのは、小柄な少女だった。
年は小学校中学年程度であろうか。首元あたりでざっくばらんに切りそろえた銀髪と、幼いながらも知的さを感じさせるツリがちな碧眼が印象的だ。身に着けているのが、うちの高校の女子制服というのが、なんかこう、すごい場違い感がする。
いやまあ一番の場違いは、学校の地下あるこの研究室そのものなのだが。
「ふむ……」
ショーケースの中の少女は、ちらりと自身の体を眺めぴらぴらとスカートをつまみ始めた。色白の、シミ一つない太腿が年齢の割にどことなく艶めかしい。見た目不相応に落ち着いた雰囲気があるからだろうか。
少女は済ました表情でスタスタと階段を下り始める。そしてオレたちの前までくると、ばっと両手を広げ――
「……どうだ? すごいだろう」
見た目相応の可愛らしい声を発するとともに、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
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