第7話「The female mercenary begins.―女傭兵はじめます。―」

「それで、どんな仕事を探していたの?」

 目の前の女傭兵であるミリア。高身長でありモデルのようなプロポーション。カオルにとって美女と言えるだけの姿をしている女性から尋ねられる。

 チンピラに絡まれて反撃し、ここまで連れて来られるまでにどれも新鮮であった為、先ほどようやくお互いに自己紹介を済ませたばかりだ。

 因みにチンピラどもを撃退できたのは持ち前の馬鹿力と、リハビリがてら予習していた近接格闘術である。だって男としては一度やってみたかった、とはカオルの言い訳である。

 そんなこんなで現在なのだが、相変わらずの方向音痴に呆れながらも目の前の美女を頼ろうと考えたカオル。乗りかけ、ではなく本当の意味で船に乗ったのだ。使わない手はない。

「えっと、傭兵・・」

「傭兵ですって?」

 先程男どもに絡まれて声を上げたカオル。そんなか弱い(見た目だけだが)少女が傭兵など考えられないだろう。

「貴女、この業界・・・」

 若者の間違いを正すのも大人の務め、とでも思ったのだろうか。しかしながらミリアの言葉は途中で止まっていた。

「ねぇ、プライベートな事聞くけど、貴女ってサイボーグ?」

 こんな科学が発達した世界で性別を詐称するなど朝飯前である。少なくともこの世界の事を知ったばかりであるカオルにでも分かるミリアの疑問。

 出会いは最悪とも言える状況であった。

 男の返り血(鼻血だが)を浴びて赤く染まった服に、3人の男たちを地面に横たわらせたのはミリアの目の前の小さな少女である。

 見た目からしてか弱そうな(カオル補正あり)少女が大人を、それも体の一部を機械サイボーグ化した男たちに素手で勝ったのだ。勝ってしまったのだ。

 カオルとしては非常に不本意ながら、しかし男たちを殴っている時は意外と気持ちよかった事が意外だとも思っている。存外男の中にあると言われる暴力衝動が表に出たのかもしれない。女になってから、とは笑い話にもならないが。

「サイボーグ、じゃないかな。全身義体なんだよ、わたし」

 病院を出る前に色々と調べて分かったことがある。

 この世界では体の機械化など当たり前、体にナノマシンを打ち込むのは宇宙に出るにあたって最低限必要な処置である。その中でも少数と言えるのが義体である。

 生体部品と言われる人口の肉体を自身の肉体と交換することが出来る義体は、人間のままを望む人々の渇望で生まれたものだ。種類も豊富であり、自身の細胞を培養してつくるものもあれば、90%以上人工であり、おおよそ人間の体とは思えない力を出すことの出来る義体などである。

 しかしながら義体は非常に制限が厳しいのだ。見た目も検査も殆ど通り抜けてしまう事からも厳しいのは容易に想像できるだろう。その他にも便利な義体が普及しない理由があった。

「全身、義体!?」

 義体を身に着けている人には義体化率というもので表現される場合がある。それはどの程度が人工の物で、どの程度が生身なのかである。この義体化率、ある一定率を超えると非常に適合しにくくなるのだ。

「貴女、義体化率は何%なの?」

「えっと、きゅうじゅう・・・・9?」

 脳の損傷も激しく、ほぼカオルのコピーと言っても過言ではない現在の体。脳の移植技術が確立し、魂の行方も科学的に解明されつつあるこの世界でカオルは全身義体を獲得していた。

「99%・・・・貴女、本当に全身義体なのね」

 全身義体化の例がない訳ではない。

 極小数ではあるが成功例がある。生まれたばかりの赤ん坊ではまず不可能であるが、成長途中の子供であるならば適合確立が高いのだ。

 宇宙に進出し、不治の病と言われる病に侵された子供がその生命を伸ばすために全身義体化を行い、成功したのだ。他にも事故で瀕死の重体であった子供など、その例のどれもが20歳未満の子供だけであった。

「・・・うん。ちょっと事故で・・・」

 数十年どころか2000年近くも未来まで来てかつ性別が変わるなどというとは言えないような経験であるが、すべてをミリアに話すには危険が多すぎる。

「そう・・・・悪い事を聞いたわね」

 義体化のリハビリは地獄である、と聞いた事があったミリアは俯く。

「ううん、大丈夫。べつに気にしてないし」

 多少の筋肉痛程度の痛みや、体の大きさの違いでリハビリは苦労はしたが、大したものではなかったカオルの本心である。

「それで、貴方が強い事はわかったわ。でも傭兵がどれ程危険な職業か知っているの?」

 子供を諭すような口調で話かけるミリア。20歳を超えている彼女にとって見た目12、3歳程度の少女など、子供に過ぎないのである。

「まぁ、知ってはいるよ。命を懸ける仕事だもん、危なくないわけがない」

 カオルも軽い気持ちで傭兵を選んだわけではない。

 そもそも中身が男である為、喫茶店などで接客業など御免被る。誰が悲しくておっさん共に笑顔を振りまかねばいけないのだ、とカオルは最初から少女としての仕事を選んでいない。

「いつ死んでもおかしくないのよ?」

 あえて自身を棚に上げての言葉だが、言わないわけにはいかない。そうミリアは決意し、言葉を続ける。

「貴女に家族が居るのかは知らないし、聞かないけど。貴方の事を大切に想っている人もいるのよ?」

 少なくともこの年齢の少女が一人でこのステーションまで来たはずがない、最低でもお金を貸せでいる保護者がいる筈である。

「そんな人たちを裏切るような仕事なのよ?」

 もうすでに自分にはそんな人はいない、と自身に向けての言葉でもある。

「・・・難破船の冷凍睡眠装置コールドスリープから救助されたんだよ、わたし・・・」

 そのカオルの言葉でミリアは自身の失言を悟った。

 恐らくこの少女は家族はもういないのではないか。このステーションの保護施設で今まで育ってきたのではないか、との疑問が瞬時に浮かんでは消える。

「もう一人立ちしないといけないし、そうじゃないと生きていけないから」

 そう呟くカオルの瞳はミリアの顔をじっと見つめている。

 そらそうともせず、ただ決意を表すかのように見つめるカオルにミリアは自身の敗北を悟った。

「はぁ、しょうがないわね。そこまで言われたら言い返せないじゃない」

 深くため息を吐いたミリアは用意していたドリンクを一気に飲み干すと立ち上がった。

「傭兵をしたいっていうなら、私と一緒にやる?傭兵ミリア、絶賛仲間募集中なんだけど・・・」

 先程まで浮かべていた表情とは違い、笑顔を浮かべたミリアが問う。 

 その問いの答えはカオルの中ですぐに決まった。

「よろしくお願いします!!」

 この世界に傭兵カオルが誕生した瞬間だった。

 

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