第6話「The encounter is a red color―出会いは赤い色―」

「はぁ」

 酒場を後にしたミリアは再びため息を吐きだした。

 昔母に”ため息を吐くと幸せが逃げていくわよ”と言われたことを不意に思い出すくらいには酔っているらしい。

 ここ最近のストレスのせいか、今日は何時もよりも酒が進んだ。安酒程酔いが回りやすいというのは案外本当かもしれないと思うミリアだった。

 こんなスラムでなくても酒場で絡まれるのは何時もの事である。

 まぁ、あそこまで下衆な視線と声を掛けらるのはこんな場所だからこそ、とも言えるのだが。

 もういっそのこと寝てしまおうと考えたミリアは自身の船が停泊するエリアに足を向ける。その時不意に聞こえてきたのは女の子の声だった。

 まだ幼く、小さな声だったがミリアは確実に聞き取ることが出来た。

 その声によって一気に酔いが覚めたのは8年前に聞いた忘れもしないあの声。まだ4歳になったばかりの妹の声を思いだしたからである。

 忌々しくも8年間常に付きまとってきた記憶がいきなり脳裏に浮かんだのだ。

 スラムと言われるこんな場所に小さな女の子など襲ってくださいと言っているようなものである。自身は傭兵である身であり、棚に上げるとしても見過ごすことが出来ない。

 普通であれば関わらない事が最善策である。アルコールが入っていなければそう判断したかもしれない。しかしながら人生においてかもしれない、は後の考察であり、現在を生きる者にとってそんな選択肢はないのだ。

 

 ホルスターになおしていたパルスガンを握り、声のした方へ走り出すミリア。その足取りはしっかりしており、薄い蒼の瞳には明確な意思が宿っていた。

 声が聞こえてきたのは薄暗い路地。いかにもこんな場所に住んでいるごろつきどもが好みそうな場所である。ミリア自身も職業柄こういった場所をよく通るが大抵は絡まれる。返り討ちにする技量は磨いてきた為問題はなかった。

 先程聞こえてきた声が聞こえなくなり、焦りながら飛び込んだ物陰。

 先は行き止まりであり、袋小路とも言える場所に彼女は居た。

 男どもに馬乗りにされ、乱暴の限りを行われているはずの少女。しかしそこに居たのはうめき声をあげながら地面に転がる男たちであり。

「ん?知り合いですか?」

 白い服を返り血に汚した小さな天使であった。



「それで、どうしてあんなところに居たのよ?」

 とりあえず転がっている男たちは報いを受けたと判断し、かつを行った少女も追撃を駆ける様子もなかったことから現場を離れたミリアと少女。

 返り血がついたままだと流石にゲートで止められる為、サクッと着替えさせ自身の船まで連れてきてしまった。

 その途中物珍しそうにあちこちを眺めていた少女は現在目の前に居る。

「えーっとー」

 どこか歯切れが悪そうである。

 しかしミリアの見立てでは服装からしてもある程度は裕福な家庭の子供であり、恐らく旅行か何かでこのステーションに来ていたのだろう。普段着の様に着古したものでなくおろしたての様に新品だったからである。

「まー、話したくないならそれでもいいわよ。でもせめて貴女の事を知らないとご両親の所にも連れていけないわよ?」

 ミリアとしては連れてきてしまったからには帰さないといけないだろう、と情報を欲していた。そもそも傭兵業というものは信頼が大切であり、誘拐などと犯罪を起こしてしまうと二度と仕事ができなくなる。

 ネットワークの進化とは偉大なものである。情報など数時間で星系の隅々まで届いてしまう。逃げようにも逃げられないのだ。

「えーっと・・・・し、仕事を探しに・・・・」

 ようやく答えた少女の回答は意外なものだった。

 服装からしても観光客か、地上から遊びに来ていたのだと思っていたミリアだったが、少女の回答は予想の遥か斜め上を行くものだった。

「え?仕事って言った?」

 見たところ12歳かその前後程である少女が仕事を探すなど、それこそスラムの人間でない限りはあり得ない。もし目の前の少女が汚れた服装をしていたのならば納得できただろう。

 しかし目の前に居る少女は返り血で汚れてはいたが、綺麗な服をきた女の子である。

「うん」

 否定しようにもすぐに肯定されてしまったミリアに逃げ道はない。

「あー、そう。ねぇ、貴女何歳なの?」

 次に考えられるのは少女の年齢がそれ相応でないというものである。

 科学技術の進化により自身の肉体ではなく、機械の体サイボーグに置き換えることが可能な時代である。ミリアが居る傭兵の世界ではむしろサイボーグの方が多く、機械化していない生の人間などあまりいないのだ。

 だとすると目の前の少女は見た目通りの年齢ではなく、サイボーグなのではないかとの結論に至ったのだ。

「えーっと、16歳?」

 なぜ疑問形なのかと問いたくなったミリアであるが、そこは抑えてさらに情報を得る選択をした。

「確かに働ける年齢だけど、なんでスラムなんかで仕事を探していたのかしら?」

 スラムで大人になったばかりの少女が働ける場所などほとんど決まっているようなものである。の場所ではした金のような金銭を受け取る事しかできないスラムで仕事を探すなど正気の沙汰ではない。

 ミリア自身も何度か金欠になり、仕事を探していた時もあったが、スラムだけはいかなかった。

 下手すると感染症などで路上でのたれ死ぬ、なんてまっぴらだからである。

「え、あそこスラムなの?」

 どうやら極度の方向音痴であったらしい。

 どこをどう間違えればあのような入り組んだ場所にたどり着くのだろうか。》エリアからスラムに行くには迷路のような道順を進む必要があるのだ。

「はーっ、貴女ほんとどうかしてるわよ・・・・」

 あのような光景を見ていてもスラムだったことにも気づいていないなどどこの箱入り娘だろうか。今更であるが、とんだハズレくじを引いたと思っているミリアだった。

「まぁ、それよりも先に自己紹介しないといけないわね」

 出会い方が片方が血まみれなど最悪の物であったが、これも何かの縁である。コネクションがどのように今後の人生において関連するか判らないのだ。そう思う事にしているミリアは改めて自己紹介をしようとしたのだ。

「私はミリア。もうわかってるかもしれないけど傭兵をしているわ」

 どの世界においても握手は欠かさない。このような時代だからこそ相手の信用を勝ち取るには体を触れさせる必要がある。

「うん、よろしくミリア。わたしは・・・カオル。カオル・アカサキ」

 この世界で初めて知り合いをもった少女と孤高の傭兵女が知り合いになった瞬間である。


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