第5話「A girl and a transparent thing―少女と透明なもの―」

 ミリア・コルストフは傭兵である。

 そもそも自身が生まれたのが宇宙であり、小さな貨物船の中であった事も現在の職に就いている理由だろう。

 物心つくころにはすでに船であちこちを回る商船団で両親と共に生活していたミリアにとって宇宙は自身の庭であり、生活空間そのもとも言える。

 訪れた星系は数えきれない程であり、定住したことなどない。家と言えば船であり、星の重力下での長期間の生活などしたことが無かった。

 そんなミリアを今の職業へと結びつけた事件が起こる。

 ミリアが12歳の時だった。

 いつも通り父親と母親、そして5歳になったばかりの妹を含めた家族全員で商船で目的地である星系へ航海をしていた時突如として船内に響き渡ったアラート音。

 すでに船での仕事を殆ど覚えていたミリアにとって聞きなれた音であり、海賊の襲撃を知らせるものだった。

 ミリア達の商船団は小型貨物船3隻、中型貨物船2隻の計5隻で構成されている。そして護衛として雇っていた2隻の傭兵の船で計7隻で構成される立派な船団だった。

 通常であれば2隻の護衛船を確認すると逃げていくのだが、その日の海賊は違った。傭兵がいるということもお構いなしに襲い掛かって来たのだ。

 もちろん商船と言えど小規模であるが武装している。しかしながら武装船とまでは言えず、小規模のデブリ破砕用レーザーと近接用として小さな物理弾を発射するレールガンの二つしかない。

 そんな商船の為に護衛船が居るのだが、その時雇っていた護衛は何時もの傭兵ではなく、新規に雇った傭兵たちだった。

 どの世界でも信用というのはお金では買えないものである。

 ミリアはあの時の通信で聞いた声を忘れない。あの薄汚れた笑みを浮かべ、下品な笑い声をあげながら護衛対象である商船に向けて主砲を放ってきたを。

 そこから先の記憶は途切れ途切れであるが覚えている。

 身体が砕けそうな衝撃や強く打ち付けた頭で意識が朦朧としていた中、船に乗り込んできた海賊たち。

 男は殺し、女はとして持ち帰る。

 意識を失った母親を引きずり、泣き叫ぶ妹を小脇に抱えた海賊たちの背中。ミリアはその背中をぼんやりと覚えている。血まみれであり、倒れていたミリアは死体とでも思われたのだろう。

 その後は偶然救難信号をキャッチした近くの傭兵により救助されたミリア。まだ12歳と幼い少女を傭兵という血に濡れた世界へ引きずり込むには十分な出来事だった。


「はぁ」

 仕事の都合上ステーションには必ずといって程に停泊する。

 それは宇宙海賊を空いてに商売をする傭兵にとっては当たり前であり、自身の持ち船から離れる事など早々ないからである。

 そんな停泊中にする事と言えば案外少なく、次の仕事を探すか休息である。

 ミリア・コルストフは初めて入った酒場で本日何回目か判らないため息を吐きだした。その理由は至極単純であり、今現在ミリアを不機嫌にさせている目の前のモノたちである。

「なぁ、いいだろう」

「へへっ」

 にしか頭を働かせる事の出来ない連中に決まってと言いほどに声を掛けられる。この時ばかりは自信の持つ容姿に多少なりとも嫌悪感を抱かずにはいられない。

 すでに20年と付き合ってきた体であるが、贔屓目に自身を見たとしてもそれなりに整っていると言える。

 170センチを超える身長に引き締まった肉体。後ろでまとめた金色の髪は面倒からか短く切り揃えられており、しかしながら彼女の魅力を引き出すには丁度いい長さをしていた。

「私は今機嫌が悪いのよ、あっちに行ってちょうだい」

 身に着けた服装は決して派手でなく、むしろ地味と言える物である。しかし使われている素材は頑丈であり、宇宙空間でも耐えれる造りをしている。

 安全なステーション内でそのような恰好をしているのは一握りの人種のみであり、それは傭兵という職業に就く者達だけである。

 そんな傭兵の代名詞とも言える服装をしているのにも関わらず、絡んでくるバカな者は酔っぱらった者か、馬鹿かの二つに一つである。

「へへっ、俺たちが機嫌なんと吹っ飛ぶくらい気持ちよくしてやるぜぇ」

 すでに後悔しつつあミリアにとってその男の言葉などほとんど耳に入っていなかった。

 前の仕事で破損した船を修理する際に奮発しすぎてしまい、ステーションでのろくな滞在費が無くなってしまったのだ。

 そのせいでスラムとも言われる最下層の場所で過ごしているのだが、やはり後悔しか浮かんでこないこの状況で機嫌が良い訳がない。

「ふべっ」

 何かを潰したような音を男が床に倒れるまで時間はかからなかった。

 拳を振りぬいたミリアの姿。その先にあるのは哀れにもひしゃげた顔を酒場に晒す男である。

「こんのぉアマっ!」

 もう一人の連れが酔っている割には状況理解が早い様で、腰に下げていたパルスガンに手を伸ばす。スラムというのは言わば無法地帯である。銃を携帯しているなど当たり前の地区なのだ。

 しかしそんな銃を扱うのはなにも違法者達ばかりではない。

 小さな電子音が鳴る。

「うっ」

 音源はミリアに握られた金属製の物、パルスガンである。

「先に抜いたのはそっちだからね。正当防衛よ、正当防衛」

 ミリアのパルスガンに打ち抜かれたのは男の右手。パルスガンを握っていたである。

「ちくしょう・・・・・・傭兵かよ」

 地面に膝を着き、痛みからか酔いが多少覚めたようで、ようやく自身が声を掛けていたのが傭兵である事実に気が付いた男。

 そんな男を地面に蹴り飛ばしながらミリアは酒場の店主に声を掛けた。

「ごめんなさい、ゆか汚しちゃったみたい」

 複数の視線を向けられている二人の男。そのうち一人の男であり、ミリアに手を打ち抜かれた方が地面に透明な染みを作っていた。痛みで失禁したらしい。

 哀れな動物でも見るような視線を向けながらミリアはお代よりも少し多めに支払うと酒場を後にした。  

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