第3話「It is hard to live―生きるとは大変な事―」

「さて、今後の君の話をしていこう、カオル」

 現在カオルが使用してる病室に居るのは3人。

 ベッドの上で体を起こし、話を聞いているカオル。そのカオルに話しかけているDr.カルル。そしてその後ろでキャリアウーマン然としている女性。

 体にピッタリと張り付くようなスーツを着こなし、いかにも仕事ができる風である女性は身長が高い。部屋に入ってくる時に気が付いたがカルルよりも10センチは高いだろう。Dr.が何センチかは知らないが。

「もうすでに体は問題ないレベルに回復している。しかしながら君の体は今までの君の体とは大きく違う。まあ、ここ数日の生活でわかっているだろうがね」

 そうDr.の言う通りカオルはここ数日でこの体がただの義体ではないという事をいやというほど思い知らされた。


 体を動かそうと少し走ったつもりが音を置いて行くような速さで走ったり。手にしていた金属製のケースを驚いた拍子にクシャリとに潰してしまったり。

「やっぱり9課のメスゴリラじゃん」

 カオルがそう呟くまで時間はかからなかった。


「さて、君の義体は少し特殊でね。非常に性能がいいのだよ」

 私が作った最高傑作だ、と鼻息荒く言い切るがカオルには迷惑でしかない。

「ある程度うまく操れるようになったようだが、その体の性能はその程度では・・・・・・まぁ、それは良いか」

 どこがいいのか全く持って理解できないカオルを置いてけぼりにしてカルルの話は続く。

「さて、君の体だが通常の義体であれば乗り換えが利くのだが、残念ながら君の適合率があまりにも高すぎた・・・」

 義体というモノは誰もが使用できるわけではない。

 もちろん義体にも非常に安価な入門用から高級モデル、高出力の軍用モデルなど様々な種類がある。

 しかしながらそのどれもについて回るのが適合率である。

 義体は製造された時から一体として同じものはない。生体部品を多用している義体は製作された時点から独自に生きているのだ。だからこそその体に簡単に乗り移れるわけがないのである。

 病室で過ごす暇な時間でカオルが学んだ豆知識、いや常識の一つである。

「現在の君にあう義体は存在しない、残念ながらな」

 そう言いながらもDr.カルルの表情は非常に生き生きとしている。

「まあ、そう言うわけで今のところその体から変えることはできない」

「ドクター」

 話の途中に突然声を掛けられたDr.カルルは不機嫌そうに顔を後ろに向ける。

「義体の説明は結構ですので、手続きに移らせていただけませんか?」

 先程まで空気然としていた女性が前にでる。さながら選手交代である。もっとも前の選手が退場したくないようであるが。

「カオル・アカサキ、貴女は連邦規則に則り救助から30日間は連邦政府の保護下に置かれます。なお救助時の救命措置は貴女に返済義務はありません。要はその体はすでに貴女のモノ、という認識で構いません」

 自身の体は自身の物である。それは当たり前の事であるが、全身義体というのは珍しく一見生体アンドロイドとの違いが人格なかみだけである。

「なお保護期間の30日を経過すると政府の保護対象から外れます。つまりで生きて行かないといけないという事です」

 その言葉を聞いたカオルは少し驚く。そもそも身寄りがない過去の人間であるカオルを30日間も無償で保護してくれるという事にだ。自身の力だけで生きていく、というのは社会人であるカオルからすると当たり前である。

 もっとも現状況において自身の力だけで、と言われると非常に困ると思うのだが。

「簡単に言うとお金を30日以内に稼ぐ必要があります」

 至極単純である。”働かざるもの食うべからず”と諺にあるが、人に食べさせてもらうなどとはカオルは考えていない。

「しかし、仕事がない、と今思われましたね」

 そう言うと女性は今までに手に持っていた端末をカオルに渡す。

 渡されたのはブレスレットのようなものであり、ピンク色の物であることからも女物であるのが分かる。

「それは貴方の個人端末になります。通常はこのような事はしないのですが貴女の生い立ちは少々どころか特殊すぎますので・・・」

 要するに右も左も判らない世界にいるカオルに政府からのプレゼントらしい。

「さて、その中に最低限の生活費用とこの世界の常識が入っています。さすがに裸で放り出す程鬼畜ではありませんので」

 カオルは受け取ったブレスレットを左手に付ける。すると付けた瞬間端末が起動した。

 映画やアニメなどで見たことがあるホログラムのような立体であり、僅かながら向こう側が透けて見えるウィンドウだ。

「個人端末は貴方の身分証にもなります。現在はここラルダの市民権が付与されております。市民権はこの星系内であれば基本的にはどこでも行くことが出来ます。もちろん軍施設や研究所等のセキュリティレベルが高い場所は除きますが」

 要するに運転免許証と同じ身分証であり、通行許可が必要な場所ではIDにもなりえるモノという事だ。

「現在貴女が滞在しているここ”ラルダステーション”も市民権がないと入る事が出来ません」

 もしこの端末を無くすとここから出られなくなる、という事でもあるのだろう。

 端末の大事さを理解し、ぎゅっと握るカオルの仕草で納得した様子の女性。

「さて、保護期間である残り24日間を有効に使ってお仕事を探してくださいね」

 いつの世も生きるには働かないといけないようだと再認したカオルであった。

 

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