お題 DE 執筆『さよなら、僕の魔法少女』

コウサカチヅル

本編

「もう、逝くんだね」


 森の奥にある小さな家。静かな静かな空気が部屋をつつむ。古びた木枠の窓からすまばゆいに、少しだけ目がくらみながら、僕は、ちっぽけなベッドへ横たわった老婆のそばにかしずく。


「ふふ……、貴方みたいに、『不老不死』の魔法がつかえたらねぇ。貴方より幼かった時代もあったなんて、うそみたい……」


 すっかり年老いたかつての少女は、力なく笑う。美しかったブロンドも今ではロマンスグレーになり、やせほそったからだには、数えきれないほどのしわが深く刻まれていた。その表情は穏やかだか、すでに死神に見初められていると推測できるくらいに、弱っているのは明らかだった。


 ああ。ついにこのひとを、『見送る』ときがきたんだ。


「……『ギフト』はひとりひとつだから、これしか遣えないし、自分にしか効かない上に解除もできないこんな『魔法不老不死』……どうかと思うけれど。僕は……レダ、君の『癒やし』の魔法のほうがすきだ」


***


 レダは、今でこそ誰もが認めるたおやかな女性だが、小さなころは向こう見ずな娘だった。自分の信念のためなら、自身より年上の男の子と取っ組み合いのけんかも辞さないような。

 たまたま近所に住んでいた僕は、なぜか懐かれ、よくまとわりつかれた。普段はおてんばなのに、僕の前でだけは機嫌がいいときの猫みたいに甘えて、僕のひざまくらで眠るのがお気に入りだった。


 そんなレダの信念。


 それは多分、『弱いものは、命を賭しても守るべき』だったのではないかと思う。

 なりふりかまわずけんかをしてしまうのは、いつだって、いじめられっ子の友だちを助けるためだったし、いつだったか、花見客に手折られたと思しき山桜を見つけたときは、『守れなかった、痛かったよね』と、泣きだしてしまったこともあった。


 彼女のぬくもりあふれる言動・仕草に触れるたび、日に日に心が甘酸っぱいような、そわそわするような感覚に襲われるようになり、正直なところ……頭を抱えた。

 だって、僕に与えられた運命ギフトは……。


***


 僕たちの世界では、16歳になると『魔法』という名の、天使様からの『ギフト』が与えられる。


 僕の場合は『不老不死』だった。だから僕は、16から先は歳をとっていない。もう、どれだけ生きているかなんて数えてもいないけれど、この世に生を受けてから、優に200年は経っていると思う。


 ……ああ、レダの話に戻そう。


 自分の与えられた魔法が『癒やし』だと知ったときの、レダの喜びようはすさまじかった。

 心根が優しいレダは、うれしかったのだと思う。自分が手をかざすだけで、どんな生きものの病気やケガも治せてしまうのだから。


 その『ギフト』にふさわしい存在になりたいと願ったらしいレダは、どんどん淑やかに、美しくなってゆく。

 苦しむひとびとへの治療という『使命』で忙しくなったレダは、あまり、僕のところへ顔を見せられなくなった。

 『聖女』とあがめられ、誰にでも、あまりに優しく微笑むようになったレダを遠くから見つめ、僕の心は揺れに揺れる。



 (ああ、レダ。僕以外に触れないで。――そんな甘い表情で、他の男に笑いかけないでくれ!)



 そう、心の奥底で叫んだ瞬間。僕は、彼女へのよこしまな感情に、完全に気づいてしまった。


 でも。


 こんな、不老不死の『化けもの』みたいな僕は、きっと、恋愛対象として見てはもらえない。


 それでもレダと、少しでも一緒にいたくて。

 『癒やし』の魔法でひとびとを救うレダの、補佐役を名乗りでた。レダは最初驚いていたけれど、気心の知れた貴方なら、と、快く受けいれてくれた。


 それからは、気持ちをひた隠しにして過ごしてきた。

 彼女の笑顔を見られるだけで。それだけで、僕の心は、十分すぎるほど満たされているんだと……己に言い聞かせながら。


***


 魔法ギフトで死ぬことができなくなった僕は、父も母も、兄妹も友人も、すべて見送ってきた。

 周りから、見知ったひとびとが、大切なひとびとが次々と消えてゆく。

 時計の針は無情にも進みつづけ、大切なものは、すべてこの手からこぼれおちてゆくんだ。


 僕だけ、この世界に縫いつけられたまま。


 こんな思いをするなら、となるべく他者と関わらず、ひっそりと生きるようになった僕の前に、君は現れた。深くつながりあうことへ臆病になってしまった僕の心に、いつだって無邪気に飛びこんでくる……あまりにも清らかで、まぶしい君。


 今度は、時の流れは、僕から君を奪い去るのか。


***


 どうにもならない摂理に耐えきれなくなった僕は、思わず声を荒らげる。

「不老不死は、『天使様の施しギフト』なんかじゃない。こんなの……あまりにむごい、ただの呪いだ……!」


 僕の、初めて見せた憤りにレダは、目をかすかに見開き、悲しそうに眉をひそめると、枕の上の頭をわずかに振った。

「いいえ……いいえ。貴方の魔法は、紛れもなく……『ギフト』。少なくとも、私にとっては」

 そう言うと、おもむろにレダは、震えるその腕を伸ばし、僕の胸に手をかざす。彼女の、『癒やし』の魔法だ。

 柔らかい光が、あたりをつつむ。僕は、なにがなにやら理解することができず、困惑する。


「僕の『呪い不老不死』が、レダにとっての『ギフト』? それに、どうして『癒やし』を……? 僕はなにひとつ、悪いところなんてないのに……」

 混乱している僕にレダは、うっすらと目を細め、優しく言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「貴方の――だいすきなひとの死を、見なくていい。こんな……素敵な『贈りものギフト』って、ないわ」


「……!! すき……? 僕のことを、君が……??」

 耳を疑う。僕が、もう数えきれないほど欲した愛の言葉。

 レダが。僕のことを。

 あまりにぽかんとしてしまったからだろうか、レダはくすくす、と少しだけ微笑わらったあと、続けた。


「ふふ……、とっくに、知られていると思っ、た……のに。ひとめぼれ、だったのよ。ああ……私の、最期の魔法。効かないで、くれる……かし、ら……」

「レダ……っ?」

 僕は、初めて明かされた彼女の想いや、魔法の意図についての推量で、頭がうまく整理しきれないままだったが、レダの意識が遠のきだした様子を感じとり、彼女の、力なく宙をさまよう手をとった。


 すがるような目で僕が見つめると、レダは、かすかにだけれど、幼いときによく見せていた、ちょっといたずらっぽい表情で笑った。


「私の、魔法、……恋の病だけは治せないの……、貴方への気持ち、きっと……叶わないから、それなら……、って、どれだけ自分に、かけて、も、……むり、だ……た……か、ら」

「レダ、もうしゃべらないで」

「あいし、て、いる……、わたしの…………」



 ふっと、なにかが、空気へ溶けいってしまったかのような気配と共に、レダのからだに入っていたわずかな力も、すべて失われた。



 その亡骸を優しくいだき、もう二度と動かない、最愛のひとのまぶたにそっと口づける。目には涙を浮かべながら、僕は、今できる精一杯の笑顔を作り、ささやいた。



「……本当だ。君への恋わずらい、全然治っていないね。僕も愛している、レダ…………僕の、かけがえのない運命のひとギフト




【終】

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