世界記憶

さかした

第1話

 パブのような居酒屋にいた。酒を飲んでいたようだ。

周囲の喧騒に刺激され、ぼんやりとしていた頭が少しはっきりとしてくる。

空になった大きなグラス、その隣には2本のボトルが置いてあった。

こちらも中身はない。

立呑している何人かに、あるモノを尋ねていたような気がするが、そのあるモノが何であったかを思い出せない。

ひとまず水を飲んで目を覚まそうと、カウンターへ行って注文をつける。

待っている間に、ふと隣にあった写真が目に入る。

壮大な原生林が眼下に広がるとともに、その上に高くそびえ立つ山が印象的だ。

そこでぽっちゃりした店の主人に声をかけられ、グラスに入った水を受け取った。

座席に戻るとあっという間に飲み干してしまった。

ひんやりとした液体が心地よく体を呼び起こす。もう大丈夫だろう。

 お勘定をして鈴を鳴らしながら店を出る。そこは閑静な小道に面していた。

というのもパブで寝てしまったからか、この店に至るまでの経緯も定かでないからだ。なぜか必死に走っている通行人を目撃した。先に進むと、前方からサングラスとマスクをかけた大柄の男が、手にきらりと反射する何か得体の知れない代物を持ち歩いていた。端に避けようとすると相手も同じように道路の脇の方に寄って近づいてくる。心臓がトクンと鳴った。急ぎ早歩きでもと来た道を引き返す。後ろを少し振り返ると、もともと歩くペースが速かったか、追いかけているかのごとく、すでに男の影が迫っていた。向き直って走ろうとしたその瞬間、背中に何か衝撃が走った。



 はっと気づくと屋内にいた。

手持ちのかばんは座っていた座席の真下に置かれて無事のようだ。

呆けた面持ちで壁にある大きな写真を眺めた。

この近辺の名所なのか、一際見晴らしの良さそうな高所から、さらに高い山の峰から、噴火でもしたのかもくもくと煙が周囲を覆っている写真だ。いやよく見てみると、雲が単にかかっているだけのようだ。その隣にあるのは劇場の案内チラシが貼られていた。何やら王宮を舞台にした古風な芝居を行っているようだ。

 「お客さん、やっと起きましたか?」若い給仕の人に声をかけられてはっとする。

 「何やら最近物騒なので、身の回りはもちろん、安全にも注意した方がいいですよ。ほら例のあの事件、何と言っていましたか……」

そのようなことを言われても何も頭に浮かばない。何か書いてはいないかと、再び壁の方を見やっても、例の劇場案内くらいだ。

 「ああ、その劇場ですか。気になるようでしたら、この近くですしこれから行ってみてはどうですか。掲示された時間まで少し余裕もありますから」

 私は紹介されるがまま、その劇場に行ってみることにした。

店を出て歩いて10分ほどの、大通りに面した立地にあった。

中はすでに大勢の観客がそろって座っていた。

けれども後方ではまだいくらか席が空いているのが確認できた。

そこでいったんお手洗いを済ましてからホールに戻ろうとすると、なぜか扉が開かない。

え?と驚きの声を漏らし、押したり引いたりしてみるもののびくともしない。

ついにはドンドンドン!と音を立てて叩いたりもしてみた。これでもダメだ。

さらに勢いをつけて扉に体当たり!ようやく扉を空け破ると、目の前で銅像が倒れていた。いつの間に移されていたのか。

うん?突如として背後から気味の悪い鈍い音が響いた。

その音がかすれていくとともに、しだいに意識もまた遠のいていった。



 どっと肩に何かがぶつかるとともに目が開いた。

 「あ、失礼。」

低い声が遠ざかるのを頭で確認しながらも、体が起き上がらない。

明るい暖色に灯されたテーブルの板目模様を眺めながら、これまでの経緯を確認しようとする。けれども思ったように頭が回らず、なぜどこかのお店で突っ伏しているのか、全く見当がつかない。何か、忘れてはいけない大事なことがあったような気がする。

思い出そうとしてもその片隅も出てこない。

ふと壁の方を見やると一際一目をひくポスターのような写真が目に入った。

その地を歩く者は避けられそうもない、緑に覆われた山が立ちはだかっているようだが、その峰の周囲は広がる雲で覆われ、全体像がはっきりせずにぼやけている。

仮に空を飛んでいたら、雲で視界不自由な中、突然山が現れることになるだろう。

そう思いながら、さてどうしたものかと考えるのであった。

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世界記憶 さかした @monokaki36

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