番外編 トップアイドルは孤独と舞う


 白く細い指先が、指揮棒タクトの如き艶やかな軌跡を描いて行く。だが、それは「舞」の一部に過ぎない。


 指先、爪先、その末端に至るまでの全てに今、彼女の精神が注ぎ込まれている。誰もが瞬きすることさえも忘れる、優雅の化身たる彼女の「舞」は、そのしなやかな肢体の全てによって完成されていた。


 水晶の如く透き通る、白き柔肌。その雪のような色を際立たせる、艶やかな黒髪。幻想的な美貌を、余すところなく魅せる彼女の足が、一歩踏み出されるたびに――髪先がふわりと揺れ、舞の麗しさに彩りを添える。


 それは、もはや人という俗世の産物からは隔絶された美しさであり――それ故に彼女は、偶像アイドルとしての崇拝を一身に浴びる。その舞は、現実という牢に囚われた民草に対し、檻の向こうに広がる楽園エデンを幻視させていた。

 観る者に癒しの幻夢を与え、その心の澱みに透き通る聖水を注ぐ。それが彼女――咲倉恋さくられんダンスなのである。


 ◇


 たまに、昔の夢を見る事がある。中学時代……そう、私が女バスに居た頃の夢だ。

 当時から運動だけが取り柄だった私は、後輩達をぐいぐい引っ張って全国優勝を目指していた。ハタから見れば無謀もいいところだったのだろうが、それでも私は本気だった。

 成果が出ない中で、いつも人一倍頑張っていた後輩達を見て。私は、独り決意していたのである。全国優勝まで勝ち抜いて、必ず彼女達を笑顔にしてみせると。


「先輩。私達もう、先輩にはついていけません。ごめんなさい、私達が弱いせいで」


 そしていつも、その言葉で目が醒める。私の練習に耐えられないが故の、あの絞り出すような声は、10年経った今でも忘れられない。

 後輩にそんな思いをさせるような、ただデキるだけの独り善がりな自分が、私は大嫌いだった。


 だから私は、ただの学生というぬるま湯に浸かるわけには行かなかったのだ。私には、自分を打ちのめしてくれるようなステージが必要だったのだ。

 そんな私にとって――「アイドル」との出会いは、まさしく運命だった。


 グループ内で総選挙の順位を競う、現代の戦国時代。指先に至るまでの全神経を研ぎ澄まし、観客を魅了するダンスと歌を両立させるという、超人の域。

 それらはまさに、私が求めていた世界そのものであった。私に引けを取らない子達が集う、天才達の集い。


 ここなら、私は独りになんかならない。私もちゃんと、仲間達と肩を並べて歩んでいける。少なくとも当時の私は、そうなれると信じ切っていた。


 だが、そこですらも私は、「その他大勢」に収まる事は出来なかったのだ。

 総選挙1位。センター。何もかもが、私に染まっていく。


 トレーナーも私を目標に設定してからは、グループの子達により厳しいレッスンを課すようになった。その時の、仲間達の私を見る眼。

 あれを見た瞬間。女バスの頃、後輩達から向けられたものと同じ、あの眼差しを目にした瞬間。私は、ようやく理解した。


 ――どうあがいても、独りになるしかない。それが私の運命であり、責任なのだと。


 ◇


「24歳の誕生日、おめでとうございます! しかし、グループを卒業されるというのは本当なのでしょうか!?」

「卒業されてもアイドルは続けられるのでしょうか!?」


 明確に公言しなくとも、真実とは自ずと滲み出るものであり。私は巷に広がる噂を聞きつけ集まった、報道陣の面々を前に会見を開き、ある宣言を実行する瞬間を迎えていた。


 ――あまりにも「一強」過ぎる私の存在による、グループの不和。それに伴う、空気の悪化。それはいくら事務所側が口止めしたところで、完全に封じる事など叶わないのである。

 プロのアイドルだろうと、彼女達はまだ10代の幼い少女なのだから。


 故に私は、グループを去ることに決めた。独りであらねばならないにも拘らず、同じ立場の友達を求めてしまい、要らぬ不協和音を作り出してしまった私には――独りきりで戦い続ける義務がある。


「……私、咲倉恋は。来月を以てグループを引退し、ソロ活動に入ります」


 厳かに告げたその一言に、記者の皆をさらに沸き立つ。その直後から次々と飛んでくる質問に、淡々と応えながら――私は、自分の「責任」について思い返していた。


 自分の独り善がりが原因で、女バスの後輩達は涙を流し。グループの仲間達は、総選挙1位という頂点に触れることさえ出来なくなっていた。

 ――そして何も知らない世間は、今まで頑張ってきたはずの彼女達を、「努力が足りない」などと否定するのだ。彼女達がどれほど真剣に取り組んできたか、知りもしないくせに。


「では今後、ソロ活動をされる上での意気込みを一つ!」

「意気込み……ですか。そうですね……」


 ただ近くに私が居ただけで、彼女達の頑張りがなかったことにされるのは、もうたくさんだ。

 だから、言ってやる。独り善がりでナルシストな、私の宣戦布告を。


「私のこともグループのことも、嫌いだなんて誰にも言わせない。私という『頂点トップアイドル』で、グループの力を証明してあげる」

「……そ、そう、ですか……」


 ――散々、対等な友達が出来るかも、なんて夢を見させやがって。今度は私が、あんた達に最高の夢を見させてやる番だ。


 二度と現実に帰ってこれなくなるような――魅惑の幻夢で、虜にしてあげる。そして私の歌とダンスで、頂点のさらに向こうへと登り詰めて見せる。

 私を作ってくれた後輩達は、仲間達は……もう、誰にも否定させない。


 私は独り善がりで、自意識過剰で、ナルシストで、天才だけど。ここまで来れたのは、自分1人の力じゃない事くらいは知っている。

 女バスの時も、グループにいた時も、皆がいたから私は1位だった。それでも、どんなに感謝していても、私がいるせいで皆が辛い思いをするのなら。


「今に見てなさい、ファンの皆。最高の夢、魅せてあげるんだから!」


 ――皆が育てたこの力で、超最高のパフォーマンスを魅せる。皆のおかげで生まれた私で、天下を取る。

 その道が、例え孤独ソロであったとしても。私は、立ち止まるつもりなんかない。


 これからだ。やっとこれから、始まるのだ。私の――咲倉恋の、アイドル活動が。


 そして、今度こそなるのだ。私が本当になりたかった――どんな時でも・・・・・・、皆を笑顔にできる自分に。

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