ヴォゴラ -怪獣閃記-

オリーブドラブ

前編 ヴォゴラVSメカヴォゴラ -巨獣災害対策本部-


『これほどの集中砲火を浴びて、傷一つ付かんとはッ……!』

『た、隊長! や、奴が、奴がッ……ぁ、あぁあぁあッ!』


 天地を穿つ咆哮は空を裂き、大顎から放たれる灼熱の奔流が、高圧線鉄塔を蝋のように溶かし――火の海を顕現させる。かつて平和と安寧が約束されていた人類の都市は、その悉くが灰燼に帰した。


『うわあぁあぁあッ! りゅッ、龍崎りゅうざきッ! た、助けッ――!』

尾沢おざわ、尾沢ァッ! くッ……!」


 それは、業火の色を帯びた空の果てからもよく見える――地獄絵図。この災厄を運ぶ彼の者・・・を屠らんと、人類の命運を背に抗ってきた勇士達は。


『隊長、隊長ッ……かぁ、さッ……あ、がぁあぁあッ!』

『ダメです、奴には何も通じてない……! 嘘だ嘘だ、こんなのッ……ひぃ、ぎ、あぁあぁあーッ!』

『……撤退! 全機撤退だッ!』


 ある男・・・を除き、誰一人として還ることはなかったという。雑音ノイズが絶えず混じる通信の向こうには、先程まで空を駆けていた戦闘機の爆音と、パイロット達の断末魔だけが轟いていた。


 ――JDF-45、「アダバナ」は。かつて最強の戦闘機と謳われたF-22をベースにしつつ、独自のマイナーチェンジを経て生み出された防衛隊の要。だったの、だが。

 その力も、彼の者の前には羽虫も同然であり――厳しい訓練を潜り抜け、類稀な才覚を開花させた「エース」ばかりであるはずの、パイロット達は。その過酷な人生に対して、あまりにも呆気ない最期を遂げていく。


 例えその身が朽ちようと、最期に必ず勝利という華を咲かせる。その願いを込め、徒花アダバナと名付けられた鋼鉄の翼は――開発者達の切実な想いもろとも、打ち砕かれていた。


「くッ……!」


 破壊という言葉を体現する、凶悪な貌。巨大にして鋭利なる大牙。天を衝く50mもの巨躯、理性を伴わぬ狂眼。そして鋼鉄の如き、堅牢なる濃緑色の鱗。

 人智を超越した力と、その姿を以て。彼の者は、争いが絶えぬ人類が「団結」を知るほどの教訓を、「災厄」という対価によって齎している。


「……貴様は、絶対ッ……この俺がッ……!」


 ――そして恐れの象徴として、人は彼の者をこう呼んでいた。


 「怪獣かいじゅう」、と。


 ◇


 ジュラ紀に滅んだとされる恐竜・タルボサウルスの生き残り。2020年代初頭に某国がINF――中距離核戦力全廃条約から離脱した件に端を発する、冷戦以来の軍拡競争が原因となり誕生した怪獣。今から約100年前の1954年に初めて観測された、UMAの末裔。

 その独特な咆哮から「ヴォゴラ」と命名された彼の者は、そのように報じられている。品川区を一夜にして死の街へと変えた破壊神、とも。


 彼の者の為に日本の防衛隊は既に甚大な被害を受けている。この状況を打破すべく設立されたのが、巨獣災害対策本部――通称「巨獣対きょじゅうたい」であった。

 彼らは皆、東京湾の下に隠された基地で息を潜め、反撃の機会を伺い続けている。


「そんなヴォゴラを倒す為に造られたのが、この機体かんおけということですか」

「こいつの為に国防予算は火の車。財務省はてんてこ舞いだ」

「……また税率の引き上げですか」

「引き上げた先の国が、残っていればな」


 そして、黒のスーツに袖を通した巨獣対局長の沖尭之おきたかゆきと――緑の戦闘服の上に黒のベストを羽織る、元防衛隊の龍崎兜疾りゅうざきかぶと中尉は。

 鈍色と黒鉄色を基調とする重装備で全身を固めた、全長50mにも及ぶもう一つ・・・・の「怪獣」を見上げている。


 両肩に搭載された大型レーザー砲。両腕と口内に搭載された機関砲。背部にある背鰭状の装置に積まれた多弾頭ミサイル。

 それはヴォゴラとは似て非なる、人類の手で生み出された最強の「紛い物」であった。


 ――54式装甲機獣。通称、メカヴォゴラ。数度に渡る防衛戦と敗走を経て、彼の者の遺伝情報を得た巨獣対によって急造された、怪獣型の棺桶・・である。

 怪獣の体細胞から生成された人工筋肉を、人類最強の超合金を掻き集めた外骨格で覆い尽くす、黒鉄の棺桶。それは核の炎を除き、彼の者を阻止しうる最後の可能性であった。


 その棺桶に入れられる死人同然のパイロットは、二回りほど歳が離れた上司を、訝しげに見つめている。


「それより君には、彼女・・の相手をして貰わねばな。彼女と同い年だという君が、最も適任だろう?」

「……特別手当は?」

「期待していい」


 そして、これから基地を案内をしなくてはならない相手に、頭を痛めていた。疲弊している巨獣対への「慰安」という仕事ビジネスで来ている、歌姫アイドルに。


 ◇


「本日ご利用して頂く舞台は、こちらになります。会議室だった部屋を急遽改装したもので、規模としては小さなものになりますが……」

「……」


 とある大人気アイドルグループの元センターだという、咲倉恋さくられんは。ショートヘアの黒髪を靡かせ、優雅に廊下を歩んでいる。


 その隣に並ぶ兜疾は、透き通るような彼女の美貌としなやかな脚を前にしても、眉一つ動かさない。すでに品川区と港区が件の「怪獣」により壊滅的な打撃を受けているというのに、わざわざ千代田区から慰安に来たという「命知らず」な彼女に、辟易するばかりであった。

 彼女を除く千代田区の都民……だけでなく、東京の人々の殆どがすでに、他の地方へと疎開しているというのに。彼女だけは、巨獣対に自分のファンが多いというだけの理由で――自ら・・志願して、ここまで来てしまったのだから。


「……さっきからずっと堅苦しくて、嫌になるんだけど。いい加減タメ口にしてくれない?」

「……なら遠慮なく」


 余程表情や雰囲気に現れていたのだろう。そんな彼が余程気に食わないのか、恋はアイドルとしての営業スマイルも忘れていた。

 ――しかしその方が、「おべんちゃら」を嫌う兜疾としても好都合なのである。


「知っての通り、今度の作戦が失敗すればここも危ない。万一の時は、誰を見捨てても生き延びることだけを考えろ」


 機獣は「棺桶」と揶揄されるほどの急造兵器であるが、同時に巨獣対の「叡智の結晶」でもある。この兵器を投入しての迎撃作戦さえ失敗に終われば、国連軍による港区への核攻撃が待っているのだ。

 日本に再び核を落とさせないためにも、誰にもそんな業を背負わせないためにも、巨獣対は何としても勝たねばならない。例え、死を賭しても。


「……巨獣対ファンの皆も? それが、あなた達の仕事だから?」

「そうだ」

「ふぅん、仕事なら仕方ないね。なら私も、自分の仕事をするよ。夢を与える、アイドルの仕事をね」


 お望み通りに気遣い無用の忠告を言い放つ兜疾に対し、恋は頷きながら踵を返す。だがそれは、忠告の内容に真っ向から逆らう「意志」の表れであった。

 グループを卒業しても、自分は「アイドル」なのだと。


「……こんな状況でも、きっといつかは光が差すって、歌に乗せて皆に伝える。それがアイドルの仕事よ。逃げるなんて、絶対あり得ない」

「……要するに、しくじるなと言いたいのか」

「そのためにあなたがいるんでしょ。ねぇ、不死身の兜疾さん?」


 ――不死身の兜疾。幾度となく怪獣との戦いで死に瀕し、それでも必ず還って来たことから付いた渾名。恐らくは、巨獣対の仲間が彼女に漏らしたのだろう。


「……好きにしろ」

「うん、好きにする。……あ、そうだ」


 生き恥を象徴する不名誉な渾名に言及され、あからさまに臍を曲げる兜疾を見上げて。恋は不意を突くように、彼の手を握る。

 戦い漬けだった男の掌に、白く艶やかな美女の肌が触れていた。


「はい、握手成立ね」

「……君が勝手に握ったんだが」

「タダでアイドルと握手しちゃうなんて、いけないんだー。こりゃあ絶対次のライブに来て、埋め合わせしなきゃだね?」


 したり顔で笑う彼女に、露骨に眉をひそめながら。兜疾は尭之の言葉を振り返り、深々とため息をつく。

 どうやら、これが「特別手当」らしい。


「……勝手だな」

「残念、それがアイドルだから」


 これから怪獣型の棺桶に入ろうという男に、この奔放な歌姫は何という無茶を押し付けていくのだろう。

 兜疾はそんな胸中を隠しもせず、うんざりとした表情で恋を見下ろしていた。


 是が非でも作戦を成功させ、彼女を守り――埋め合わせを果たさねばならない。そんな余計な仕事を増やされた彼に、恋は悪戯っぽい笑顔を見せて。

 その瞳に、決して逃げない――という固い意志を宿している。


 ◇


『港区に怪獣出現! 総員、第1種戦闘配置に付け! 繰り返す! 総員、第1種戦闘配置に――!』


 そして、僅か数時間後。彼の者の接近を受け、東京湾に浮上した巨獣対基地は第1種戦闘配備へと突入し――兜疾もまた、機獣という名の棺桶に飛び込んで行く。


『不死身の兜疾という渾名とも、いよいよお別れかもな』

『せいぜい傷の一つくらいは付けてきてくれよ?』

「……残念だが。まだ当分、卒業は出来そうにない」

『ほう?』

「俺に生きろと、うるさい奴がいる」


 巨獣対の職員達から次々と飛ぶ皮肉に、彼は忌々しげな口調で答えていた。僅かな笑みを見られないよう、モニターを切りながら。


「54式装甲機獣……出るぞ!」


 ――やがて、戦場への扉が開かれると。鋼の巨獣は荒波を掻き分け、歯車が擦れ合うかのような咆哮と共に、轟音を立てて歩み出して行く。

 この作戦に未来を掛けた巨獣対と。尭之と。恋が見守る中。


「貴様は必ず、この俺がッ……!」


 海を渡り、港区の市街地――だった戦場に辿り着いた、叶兜疾は。焼け跡だけが残る廃墟となった街で咆哮する、怪獣ヴォゴラと相見えるのだった。


 それは果たして――怪獣に敗れた先に待つ、東京の「終わり」か。


 怪獣を屠った先に待つ、復興の「始まり」か――。


 ◇


 品川区を焼き尽くし、幾度となく防衛隊を打ち破って来た火炎放射。その洗礼を凌ぐ鋼鉄の身体の中から、兜疾は操縦桿を握り締める。

 戦闘機アダバナに乗っていた頃とは何もかも勝手が違うが、それでもこの「棺桶」を乗りこなすための訓練シミュレーションと――巨獣対基地なのだ。この「棺桶メカヴォゴラ」で彼の者に勝たねば、自分に賭けた巨獣対の面々にも、沖局長にも立つ瀬がない。


 ――それに、あのうるさい女にもな――


 彼女の笑顔が脳裏を過る瞬間、彼はコクピットの端にあるスイッチに手を伸ばし――機獣背部に搭載されている、多弾頭ミサイルを解放アンロックした。

 刹那。機獣の背鰭か内側から開かれ、その内部に秘められていた矢の群れが天に向かって翔び出して行く。全ての弾頭が頭上から降り注ぐかのように怪獣へと直撃し、火を吐く顎を閉じさせたのは、その直後であった。


 火炎放射の最中に無理矢理口を閉じられたことで、灼熱が逆流し怪獣の身体が内側から焼き尽くされて行く。その苦悶故に発せられた怪獣の叫びは、これまで人類が聞いたことのない色を帯びていた。


「咆哮が変わった……!」

『攻撃が効いてるんだ、そのまま一気に畳み掛けろ!』


 その変化に勝機を見出したことで、戦況をモニタリングしている巨獣対の面々から通信が入ってくる。だが、兜疾は勢いに乗ろうとはしない。


「――ッ!」


 彼が次に選んだのは、回避行動だった。雄叫びと共に突進してきた怪獣は、そのまま体当たりすると見せかけて――身体を反転させ、尾を振るって来たのである。

 間合いを詰めることで視界を狭めた上での、画面外・・・からの打撃。その攻撃を予感した兜疾は咄嗟に、機獣の尾と両脚を利用して飛び跳ね――脚部の噴射機構による空中浮揚ホバリングで、不意打ちを回避する。


 機獣の足元を怪獣の尾が、無数のトラックと車を舞い上げながら通り過ぎて行く。その弧を描くような攻撃が終わった瞬間、機獣の両脚が轟音と地響きを立てて、港区の地上へと辿り着いた。

 もし下手に食らって転倒していれば、それだけでさらに装甲にダメージを負っていただろう。開戦直後の火炎放射によって、すでに機獣の鎧は爛れ始めている。


「近付き過ぎたな――ヴォゴラ!」


 これ以上の損傷を受ける前に、ケリ・・を付けなくてはならない。兜疾は操縦桿のスイッチを押し込み、両腕の口内に搭載された機関砲による一斉射撃を開始する。


 戦車砲に匹敵する威力の弾丸を、秒間200発。その火力を至近距離で撃ち込まれた濃緑の怪獣は、再び苦悶の声を上げて後退し始めた。

 間違いなく、効いている。このまま押し切れば、彼の者を屠れると誰もが確信した――その時であった。


「――!」


 悲鳴を上げている、かのように見えた怪獣の大顎から。再びあの、灼熱の炎が灯されたのである。

 装甲を通してコクピットにまで伝わる、その熱気を兜疾が感じた時にはすでに――彼の眼前に向けて、大顎が一気に開かれていた。


「ぐあぁあぁあッ!」

『龍崎ッ!』


 戦局の推移を見守っていた沖局長が、声を上げる瞬間。兜疾の呻き声と共に吹き飛ばされた機獣が、廃ビルや高架橋を薙ぎ倒しながら転倒して行く。無数の建物が粉々に砕け散って行く様は、さながら発泡スチロールのようだ。

 やがて、機獣を追うように街を焼き、兜疾を襲う怪獣の火炎放射は――黒鉄色の肩鎧も、鈍色の身体も、蝋のように溶かして行った。中身諸共・・・・、と言わんばかりに。


「ぐうッ……うぅうぁッ!」

『龍崎、後退しろ! 機獣はもう――!』


 通信を通して伝わる沖局長の叫びも、機内の異常温度による故障で掻き消されて行く。だが、彼の言わんとすることを察するのは容易い。

 腕は良いが、愛想のないパイロットと。巨獣対などという色物な組織を創り、機獣などという棺桶に携わる官僚。そんな変わり者同士である、彼らなら。


「――退けるわけ、ねぇだろうが」


 お互いの考えなど、簡単に伝わる。そして伝わるからこそ、兜疾はそれを拒んでいた。


 ここで退くということは、作戦失敗を意味する。そしてそれは、港区への核攻撃が始まることを意味するのだ。

 被害は間違いなく、東京全体に広がるだろう。その攻撃が呼ぶ経済的損失と、それに伴う国民の困窮は計り知れない。


 ――こんな状況でも、きっといつかは光が差すって、歌に乗せて皆に伝える。それがアイドルの仕事よ――


「だったら……俺の仕事は……!」


 何より。戦う力もないというのに、死を恐れず巨獣対のために駆け付けた彼女に、申し開きのしようがない。

 黒鉄色の胸鎧さえ溶かして行く、怪獣の火炎放射によって――コクピットの中で焼きごてのようになった操縦桿を、兜疾は一気に握り締めた。


「……ぁあぁあぁあッ!」


 掌から肉の焼ける音と蒸気が吹き上がり、彼の絶叫がコクピットに響き渡る。それでも機獣を操る「不死身の兜疾」は、操縦桿から手を離すことなく――押し倒して行く。


 その瞬間。歯車が歪に擦れ合うような、不快な金属音と共に――機獣の両肩に搭載された、漆黒の大型レーザー砲が放射された。

 眩い閃光となって伸びる、人類の「剣」が――火炎の脇を擦り抜けるかのように、怪獣の胸に突き刺さる。あらゆる攻撃を凌いできた堅牢な皮膚でさえ、紙切れのように突き破るその威力が――怪獣の絶叫を呼んでいた。


 苦悶の唸り声を上げ、転倒する怪獣は火炎放射を続けながらのたうち回り。その鋭利な狂眼で機獣を射抜きながら、ゆっくりと立ち上がる。

 一方、機獣は倒壊した廃ビルに寄り掛かったまま、身動きが取れずにいた。先程のレーザー砲が、最後の一撃だったのである。


「……やれよ」


 焼けた皮膚が張り付いた操縦桿から、爛れた掌を離して。兜疾は憔悴しきった表情で、画面の先に居る怪獣を見据えていた。

 もはや、打てる手はない。機獣の装甲は原型を留めないほどに溶解し、両肩のレーザー砲も銃身が焼け付いている。今の機獣はまさしく、棺桶と呼ぶに相応しい惨状であった。


 そして、そんな彼にとどめを刺すべく。濃緑色の怪獣は再び大顎を開き、火炎放射の充填を始める。

 この戦いに「終わり」を齎す、破壊の業火。その灼熱が再び、放たれる――その時だった。


「……!?」


 突如、怪獣は悶え苦しみ――大顎から僅かな火を吹いた後、尾を翻して踵を返してしまったのである。

 そして、その行動に目を剥く兜疾と、怪獣の眼光が交錯する。


 ――次に会った時。必ず、お前を殺す――


 その時。理性というものを持たない、狂気一色だったはずの怪獣の眼には――兜疾にだけ向けられた、特別な「殺意」に溢れていた。

 人智を超えた怪獣という存在により、「倒すべき敵」と認知された彼を残して。背鰭を向ける怪獣は街を去り、そのまま夕陽に彩られた海の彼方へと消えて行く。


『――崎、龍崎! おい、通信は回復したのか!?』

『もう通じてるはずです!』

「……聞こえてますよ、局長」

『龍崎……やったな。よく、やってくれた』

「機獣は酷い有様ですけど。これ、作戦失敗じゃあないんですか?」

『……なら、国連軍の御偉方に聞いてみろ。怪獣ヤツが消えた今、一体どこに核を撃つんだ……とな』


 巨獣対基地との通信が回復したのは、それから間もなくのことであった。まだ雑音は絶えないが、その向こうからでも基地内に広がる歓声は伝わってくる。

 その心地良さを感じながら、自嘲するように笑う兜疾に対して――沖局長も、薄ら笑いを浮かべていた。怪獣の抹殺にこそ失敗したが、東京から撃退した以上、街が核に汚染されることはない。


 何もかもが上手く、とは行かなかったが。それでも確かに、東京は守られたのだ。


「……次に会ったら。貴様は絶対、この俺が……」


 その上で、満たされないものを抱えながら。

 怪獣に向けられた眼差しを思い起こして――兜疾は意識が途切れる瞬間、そう呟いていた。


 ◇


 ――東京への核攻撃による怪獣の殲滅は、次に都内で観測されるまで無期限の延期となり。被害に遭った港区と品川区の復興が始まる頃に併せて、機獣の修復作業も開始された。

 再び怪獣が現れても、核攻撃が始まる前に都民が避難するまでの時間を稼げる「防衛戦力」が不可欠だからだ。龍崎兜疾中尉の奮戦は、機獣にその力があるという証明となったのである。


 そして。巨獣対は来るべき怪獣との再戦に向け、機獣の修理と「改良」に動き出していた。


「沖局長、龍崎中尉がお見えにならないのですが……もしかしてまた、有給使って復興ライブですか?」

「あぁ……どうも、埋め合わせ・・・・・が必要らしい。彼女も被災者支援のためにほぼ毎日、ワンマンライブしてるらしいからな。あいつとしても、放って置けないのだろう」

「全く、両手もちゃんと治ってないのにあの人は……。明日は勲章授与式だってのに」

「ふふ、完治するまで『特別手当』はお預けだな」


 ――の、だが。その要となるパイロットは今日も、破天荒な歌姫に振り回されているのだという。



 終

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