第27話「信じてる」
27話「信じてる」
光哉が案内してくれたお店の食事は、彼が言うようにおいしかった。
話しをする前に、まずは腹ごしらえという事になり、男2人で何故かピザを食べるという妙な光景がVIPルームで作られていた。
男2人で食事をするのは普通なのかもしれないが、それが恋敵同士というと話しは別だ。
修羅場のような雰囲気を感じてか、スタッフも緊張した表情で食事をテーブルに置き、すぐに部屋から出て行ってしまう。
光哉という男は話上手だった。
先ほどまで、あんなにもピリピリしていたのに、今で笑顔で「仕事何やってるんですか?」と気軽に聞いてくる。
知識が多いのか、話した事に対して、相手の「話してもいいかな。」という気持ちにさせる言葉を返してくれるのだ。
相手が「この人と話していると楽しい。」「気分がいい。」と思わせる言葉を上手に使い分けているのだなっと白は感じた。
それは一種の才能でもあるし、経験でもあるのだろう。
白はどちらかというと、光哉とは全く逆のタイプであると自覚していたが、それでも「この人は知識があるのかな?」という返事をもらい、自分の仕事を多少話してしまった。
話していけないわけではなかったが、恋敵相手だ。
面白くない気分ではあった。
食事も大分すすんできた頃。
光哉は「そうだな。転校して雨ちゃんと離れた時の事から話そうかな。」と切出してきた。
しずくとのなれそめを話されるのだと思っていただけに、白は多少驚きながらも彼の話を聞くために食事の手を止めた。
「食べながらでいいよ。」と言われたが、白はそれに会釈だけで答え、話の続きを待った。
「しずくちゃんと一緒の学校の時は、俺は所謂優等生で、クラスのムードメーカーであり、今で言うカリスマ的な存在だったんだ。」
「カリスマ・・・。」
「まぁまぁ。昔の事だし。でも、ぶっちゃけモテたし、スポーツも何をやっても上手かった。それに学年トップの成績だった。それなりに努力もしていたけどね。」
自信たっぷりに話す光哉だった。だが、最後の方になると何故か目を細めて悲しめに微笑んでいた。それを不思議に思いながらも、白は顔に出さずにただ見ていた。
「だけど、転校したらそれががらりと変わったよ。友達は出来なかったし、無視はされる。物がなくなる事も多かったし、仲間はずれならまだいい方だった。・・・いじめの対象になったんだ。まぁ、優秀な奴ほど疎まれるってやつかな。」
自傷気味に明るく言うが、目は全く笑っていなかったし、何より目がどんよりとしていた。
いじめの事を思い出すことさえ苦痛なのが、よくわかった。
「そんな時に、年に数回、雨ちゃんから届く手紙はとても嬉しかったよ。あげたうさぎの事や、雨ちゃんの最近の出来事が楽しそうに綴られていた。初恋の相手が、幸せそうにしているだけで幸せだった。けど、俺は彼女に本当の事は全く書けなかった。全部が嘘だった。」
「・・・・。」
「手紙のやり取りを重ねていくうちに、嘘をつく事が辛くなってきて、手紙を送る回数が減った。そのうち年賀状ぐらいになったんだ。でも、それさえもなくなった。もちろん、俺が止めたんだ。嘘をつきたくなかった。それと・・・。」
光哉はそこまで話すと、深くため息をひとつついた。
「俺がいじめられている事。かっこ悪い姿。そして、ずっと嘘をついていた・・・その事を雨ちゃんが知ったらどう思われるか。嫌われると思った。それが怖かったんだろうね。だから、彼女の前から逃げたんだ。」
先ほどまで、まっすぐ目を見て話す彼はもういなく、じっと自分の水の入ったコップを指でいじりながら、視線は下を向いていた。
目の前には自信たっぷりの彼はもういなかった。
過去に爆弾を持っている人間は多い。彼もその一人なのだろう。
だが、白は彼の気持ちを悲しむ事はなかった。同情するほど仲良くもなければ、自分は優しくないのかもしれない。
今はそれでもいい。
彼の話しを聞いて、どうも熱が上がったように感じるのだ。「可哀想」という気持ちよりも怒りの方が勝っていたのだ。
「光哉さん。それは、今でもそう思ってるんですか?」
ずっと話しを聞くだけだった白の言葉。冷静すぎる白の声に、彼ははっと顔を上げて白を見た。驚いた表情は、すぐに苦笑に変わっていた。
白の今の感情が手に取るようにわかったのだろう。光哉は、何か言いたげに悔しそうに笑っていた。
「君の言いたい事はわかっているつもりだよ。俺はその時は全ての苦しさから逃げたくなって恐れていたんだ。・・・だから、雨ちゃんを信じられなかった。」
光哉は手で持っていたコップの水を一気の飲み干し、静かにテーブルに置いた。静かな空間にカランという涼しげな氷の音がやけに大きく聞こえた。
「雨ちゃんは、そんな事で人を嫌いになる子じゃないのにね。幼すぎたというのは理由にはならないかもしれないけど、俺は子どもすぎたんだ。人を信じない事で守ろうと自分を守ろうとしてたんだ。」
「・・・それは。」
思わず、声が出てしまい、白は言葉を止めてしまった。
初めて会った人に意見する事ではないとわかっていても、何故か言いたくなってしまったのだ。
それを光哉は止めずに「それは?」と続きを促した。
「人を信じられないのは、子どもだけじゃないと思います。大人でもそう思ってしまう人がいる。だから!」
「俺は気づいたんだから、大丈夫。って事?」
先を読んで言われてしまい、白は「はい。」と頷いた。
すると、光哉はクククッと声を出して笑った。
笑われた理由はよくわからなかったが、先ほどの緊迫した雰囲気がなくなり、白はほっとして肩の力が抜けた。
「ライバルに優しい言葉を掛けるなんて、白くんはいい人だねー。」
「そんな事ないです。」
「そうなの?まぁ、俺は雨ちゃんに認められたくて必死に勉強とか頑張って、社会的地位ってやつは高いところまで行こうって頑張ったよ。」
「・・・社長さんなんですか。」
「正解。この店も俺の会社のなんだ。」
「・・・・。」
冗談のつもりで言った言葉がまさか本当だった事に驚き、表情も隠さず光哉を見つめると、やっと会ったばかりと同じ得意げな笑顔を見せた。
それが、なんだか彼らしいなと会って1日だったが、白はそう思った。
「でも、信じて会いにいけなかった時点で俺の負けだ。・・・と、いう事で勝者にはプレゼントをあげよう。」
「・・・なんですか。」
光哉はスーツのポケットに手を入れ何かを取り出すと、テーブルの上に置いた。
それは水晶のように透明な石で、琥珀のように何か中に入っている。
ピンク色の小さな花。それを見た瞬間、白はすぐに石を手に取り、中の花を見つめた。
それは見慣れたスターチスの花だった。
「これ、は・・・。」
「雨ちゃんから預かってたんだよね。とっても大切にしていたよ。それと、もうひとつ。」
「なんですか。。。」
この花の水晶のような置物は、しずくが作ったのだろうと白はすぐにわかった。
自分がプレゼントしたものを、枯れないようにと大切に保管していてくれた事に、心がぎゅっと締め付けられた。だが、どうして彼がそれを持っているのか。
それが理解出来なかった。
そのため、彼に対して不信感がまた大きくなってしまい、冷たい返事をしてしまう。だが、それさえも面白いかのように、光哉はニヤニヤとしている。
その表情をみるだけで、白はまた顔を歪めてしまう。
「君にはいい情報だと思うよ。僕は、雨ちゃんに最近ふられたんだ。」
「・・・えっ。」
「そして、キスもした。」
「えぇぇぇッ!?」
最後の言葉を聞いた瞬間、白は勢いよく立ち上がって、大声を出してしまった。椅子も豪快に音を鳴らしていた。
VIPルームでよかったが、これが店内だったらかなり目立っていただろう。
だが、そんな事はどうでもよかった。
彼女にキスをしたと聞いてはだまってはいられない。
ふられたのに、キスをする?白は全く意味がわからなかった。
「なんで、ふられたのにキスするんですか!」
「ふられる前にしたんだよ。」
「付き合ってもないのにキスしたんですか?!」
「雨ちゃんは誰とも付き合ってないんだから、別にいいじゃないか。僕は付き合うつもりでしただけだし。」
「・・・・・!!もう帰りますッ!」
白はテーブルのキラキラ光る宝石をポケット入れ、その代わりに財布から数枚のお札を取り出して叩きつけるように置いた。
「あめちゃんによろしくー。」
「・・・失礼しますッ!」
白は、VIPルームから走るようにいなくなった。
「雨ちゃんを泣き止ませてあげて。」
そうつぶやいた光哉の言葉は、ただ響くだけで誰にも届かなかった。
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