第10話「スターチスの石と行動力」



  10話「スターチスの石と行動力」


 

 初めて白としずくがデートをした日から1週間が経った。

 その間、白はいつもの公園に顔を見せず、「しばらく会えなくなる。」という白の言葉が本当だったのだと、しずくは今更ながらに実感していた。

 3月の中旬から、休みの日以外は毎日のように彼と顔を合わせていたため、1週間がとても長く感じていた。

 会えない事になれると思っていたが、そういう事はなくどんなに仕事で疲れていても、いつも白が待っていた公園に入り、ぐるっと一周歩いてから帰るのが、しずくの新しい習慣になっていた。

 もちろん、スマホの連絡先は交換していないので、彼から連絡がくることも、しずくからする事もなかった。


 早めの誕生日プレゼントにもらったスターチスの花も、枯れてしまいそうになっていた。

 以前もらった1輪のスターチスが枯れてしまった時に、しずくはとても寂しい気持ちに襲われた。

 そのため、今回は何個か押し花にしたのだ。スターチスの花を使って押し花の栞を作ろうと思っていた。

 そんな時に職場の同僚から、「レジン」という物をおしえてもらった。

 専用のケースにレジン液という透明などろっとした液体を入れ、そこに押し花を混ぜるのだ。そして、日光に当てると液が固まり、昆虫や草花が入った琥珀のように透明な空間の中に、花が咲いたまま閉じ込める事ができるのだ。

 しずくは、その方法を調べて、スターチスの花を枯らせずにいつでも見られるようにした。

 透明の石の中に、スターチスは綺麗に咲いている。

 それを光に浴びせながら眺めるのも、しずくの日課になっていたのだった。


 そして、スターチスの花言葉。

 それは、「変わらぬ心」「途絶えぬ記憶」だった。その花言葉は、白からの大切なメッセージだと、しずくは花を見ながら言葉の意味を深く考えていた。


 そんな時、しずくの1番の友人である美冬から連絡があった。

 彼女とは高校からの付き合いで、特に仲が良かった。性格はサバサバしており、行動力があり、そして美人だった。彼氏がいることが多かったが、何故か結婚はしない不思議な友人だ。本人曰く「結婚したいと思う人がいない。」らしい。

 しずくは友達が多いほうではない。その数人の友達も結婚をして、なかなか会えなくなっている。

 そのため独身同士である、美冬と遊ぶことが多くなっているのだった

 お茶をしないか、と誘われて仕事帰りに待ち合わせをして、久しぶりに近況報告をしていた。

 いつも「彼氏できた?いい人でもいる?」と質問してくる美冬。

 もちろんこの日も、そうだった。彼女は、ニコニコしながら「今、彼氏と別れたばっかりなんだよねー?しずくはどうなの?何かあった?」と、聞いてきた。

 いつもの「何にもないよー。」という返事だと思っていたのだろう。

 しずくが、言いにくそう目を泳がせると、美冬は驚いた顔をした。


「え?!なに?何かいいことでもあったの!?」


 と、カフェには相応しくないような、大きめな声を出して美冬はしずくに問いただした。「ちょっと、落ち着いてよ。」と、しずくは言いながらも、自分も何故か緊張している事に気づき、ゆっくりと深呼吸をしてからゆっくり話し始めた。


 それは、もちろん白との出会いだった。

 突然、声を掛けられた男の人が、自分を知っていた事。そして、一輪の花を渡されて告白された事。それから、毎日帰り道に送って貰っている事。そして、初デートをして帰り際に「しばらく会えない。」と言われた事。

 すべてを、彼女に話した。

 誰にも話していなかったので、しずくは相談できて嬉しかった。それに美冬は恋愛経験が豊富だ。いいアドバイスを貰えるかもしれない。

 しずくは、丁寧に話をしている間、美冬は真剣に話しを聞いていた。

 しずくが美冬に恋愛相談をしたことはほとんどなかったため、美冬は終始驚いた表情ながらも、何故か嬉しそうだった。


「と、言うわけで今は会えてないんだけど、こういう事がありました。」


 全てを言い終わると、美冬は目をキラキラさせてしずくを見つめていた。


「いいね!なかなかない出会いだよー。話だけでも、白くんってイイ人そうだし、しずくの事大好きなんだね。」

「え!?大好き?」

「そうでしょー。毎日会いに来るとか、昔しずくに会ってからずっと思い続けくれて、しかも今でも好きなんてよっぽどだと思うよ。」

「・・・そうなのかな・・・。」

「そうでしょう。で、しずくは、会えなくなってどう思った?」


 自分の今の気持ちはこの1週間で痛いほど実感できた。

 ずっと彼の事を考えている自分がいるのだ。帰り道、ドキドキしながら公園へ行き、姿が見えないと悲しい気持ちに襲われる。そして、明日こそはと願ってスターチスの石を眺めるのだ。

 気持ちはわかっているのに、素直に言えないのは、忘れている過去に捕らわれているから。

 過去を忘れてしまっても、彼への気持ちは強い。

 だが、どうしても思い出したいのだ。

 白の気持ちを知りたい。


「早く思い出して、早く気持ちを伝えたい。」

「それは、どうして?」

「・・・早く会いたい、かな。」


 そういうと、美冬はうんうんと頷きながら「早く思い出せるといいね。」と優しく微笑みながらそう言ってくれた。

 もちろん、羽衣石白について美冬にも聞いたが「そんな珍しい苗字の人忘れるわけないし。年下くんなんて、あまり知り合いいないしなー。」と、彼女も知らないようだった。

 ここにも彼の情報がないとわかると、ため息が出る思いだった。


「そっかー。何かいい人いるってなるの、しずくには頼みにくいな。」

「え、なに??」

「久しぶりに合コンのお誘いがあるの!30歳すぎるとなかなかないでしょー?私も彼氏いないし、人数も足りなくて困ってたからしずくも誘うつもりだったんだよね。」

「合コンか。」


 確かに、今はそういう気分ではなかったし、白の事で頭がいっぱいになっていた。

 合コンとなると、異性と話す事になる。男友達もいないしずくは、異性と話をするだけでも、高緊張状態になってしまう。いつも、避けてきたが美冬に誘われて何度か参加した事はあった。

 美冬が困っていると思うと、誘いを受けるべきだと思ったが、どうしても他の男性と話せる状態ではなかった。

 申し訳ないが断ろうと思ったが、美冬の一言でその思いは変わった。


「なんか、相手の男の人でしずくの事知っている人もいるみたいなんだよね。名前だしたら、本名知っててさ。」

「え・・・。」

「名前は忘れちゃったんだけど。」


 自分の事を知っている人がいる。そして、男性。

 それだけで、しずくは彼と繋がってはいないか、そんな淡い期待を持ってしまった。

 全て彼に繋がっている、考える事全てが。

 自分では思い出す要因を見つけられずにいたしずくは、藁にも縋る思いでいたのだ。

 自分の事を知っているならば、白とももしかしたら繋がっているかもしれない。そう思ったら、しずくはすぐに言葉を出していた。


「合コン行こうかな。」

「へ・・・?」


 予想外の言葉に、美冬は声を失っていたが、すぐにしずくの考えがわかったのか「いいと思うよ。行動するの大切だよ。」と嬉しそうに言った。


 美冬と別れた後、合コンの日時と集合場所の連絡がすぐに届いた。

 その日は5月26日の夜。


 しずくの誕生日だった。

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