第9話「花言葉と昔」



   9話「花言葉と昔」




「しずくさん、お誕生日おめでとうございます。」


 デートの帰り。しずくの自宅の前に車を止めると、白は後部座席から隠していた花束を渡した。ピンクと紫の花。

 3月に白がしずくに渡した1輪の花と同じものだった。スターチスの花。


「今日、デートに誘ったのはもちろん、しずくさんと一緒にいたかったんですけど。誕生日をお祝いしたくて。」


 そう言って、綺麗な花をしずくの前に差し出した。

 しずくは、戸惑いながらもその花を見つめた。スターチスの花。その花には意味があるのだろうか?

 そして、もう1つ。気になる事がある。それをしずくは、申し訳なさそうに言葉にした。


「ありがとう。でも、私の誕生日、まだ先だよ?」


 そうなのだ。

 しずくの誕生日は5月26日。だが、まだ5月上旬なのだ。

 先に渡すとしても、早すぎるような気がした。第一、彼に自分の誕生日を伝えた記憶はなかった。もしかしたら、しずくが忘れてしまった過去に教えたのかもしれないが。

 しずくの言葉を聞いた白は、「やっぱり違いましたか?」と、苦い顔をしていた。


「しずくさんが、梅雨前ぐらいだというのは覚えていたんですけど。誕生日をお祝いしたかったんですけど、聞かないでサプライズもしたかったので。」


 そう言って、「自分の勘だったんですけど、外れちゃいました。」と言った。


「どうして私が梅雨前の生まれだった知ってたの?」

「名前通りの誕生日だという話をしていたのをしっかり覚えてましたから。」


 栗花落しずく。苗字の「栗花落」は、栗の花が落ちる梅雨入り頃の事を言うのだ。5月7日と書いて同じ「つゆり」と読むのだ。

 そして、しずくは、もちろん「雫」からきている。雨を連想させる名前である事は、しずくがよく自己紹介で話す事だった。

 その話を、白も聞いた事があったようだ。


「ちょっと早かったですけど、受け取ってもらえますか?」


 白は、少し不安そうに言ったが、しずくが「ありがとう。とっても綺麗。」とその花束を見て笑顔を見せ、手に取ると自分がお祝いされているかのように笑った。


「5月26日、しっかり覚えましたからね。」


 そして、ポケットからスマホを取り出すと、「カレンダーにも入れときます。」と白は、嬉しそうにスマホを操作していた。

 その姿をしずくは花束を抱きしめながら見つめた。花たちからは、とても心地がいい香りがする。


「どうして、スターチスなの?」


 3月に出会った時の一輪の花も今日プレゼントしてくれた花もスターチスだ。どうして、彼はこの花を選んでしずくに渡すのか。しずくは、意味があるように思えたのだ。

 昔の事を思い出すきっかけにも。

 すると、スマホから目を離し、白はゆっくりとこちらを見た。

 そして、こんなにも近くにいるのに遥か先を見るように、白は少しだけ返事に時間を掛けた。

 何かを思い出している、そんな顔だった。


「ぴったりの花言葉だから。」

「花言葉・・?」

「そうです。それに、しずく先生にもらった花だからだよ。」


 白は、懐かしい気持ちを伝えるかのようにそう言った。


 スターチスの花言葉はどんなものなのだろうか。

 私は彼に何故スターチスの花をあげたのだろう。そして、今、どうして先生と呼んだのか。


 全てはこの手の中にある可愛らしく可憐な「スターチス」が鍵になっているようだ。


 彼とこの花の話をすれば、何か思い出せるような気がしていた。

 しずくは、泣き顔しか思い出せない少年の彼を思い出したい、今すぐに。そんな衝動に駆られた。

 もっと白の話がしたい。もっと彼と一緒にいたい。

 それの気持ちがしずくの中で溢れていた。

 どうしてそう思うのか、わからない。今はそう思っていたいのだ。

 全てを思い出すまでは。


 そんな大きな感情を彼に伝えようと、手を伸ばした時だった。

 白のスマホが鳴った。

 音量は大きくなかったのに、しずくは何故かその音がとても大きい物に感じ、体を少しだけビクつかせた。

 

 白は、スマホの表示をみて電話の相手を確認すると「ごめんなさい。電話に出させてください。」と、車から降りた。

 少し離れたところで、白は電話をしていた。外灯の下だったため、白の表情が車の中からでもよく見えた。

 仕事の電話なのか、低姿勢で電話をしており、時折小さく頭を下げながら話をしていた。

 少しすると、白の表情が変わった。

 パッと陽が射したように明るくなり、「ありがとうございます。」と繰り返し言っていた。

 しばらく、嬉しそうに笑いながら話をして、電話を切った後も、少しスマホを見つめて嬉しそうにしていた。


 そして、小走りに車に戻ってくると「すみません。お待たせしました。」と白は言った。

 その表情は感情を隠しきれておらず、とても嬉しそうだった。

 しずくはどうしたのか聞きたくなったが、おそらく仕事の話だろうと思い、どう話しかけていいのかわからずにいた。

 それよりも、この花の事を、あなたともっと話しをしたいという事を白に伝えたくてしかたがなかった。

「白くん・・・。」

 そう声を出すと、白は「しずくさん、あの。」と興奮気味に声を掛けた。


「仕事で忙しくなるので、しばらく会えなくなります。」


 白は、しずくに残念そうに言いながらも、少しだけ笑顔を隠せずにそう言ったのだった。

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