第4話「待つ時間」
4話「待つ時間」
白と出会ってから3週間が経過した。
しずくの仕事終わりに、白と帰り道をゆっくりと歩いて帰る事が、少しずつ当たり前になっていた。
白はしずくに対して好意を示してはいたものの、一緒に歩くだけでそれ以上の関係を望むことはなかった。それに、しずくも白との出来事を思い出せずにいたので、2人の不思議な関係は今でも続いていた。
そして、今日はいつもとは違う事が起こった。
しずくが公園に到着すると、そこには誰もいなかったのだ。
4月になり陽は高くなったが、今日はどんよりとした雲のせいか辺りは薄暗くなっていた。しずくは、外灯の下に移動して、バックから本を取り出した。外出するときは、必ず本をバックの中に入れてしまう。しずくは、読書家だった。
今朝読んで話の続きが気になり、しずくは素早くページを捲った。
そうして、しばらくは本の世界に夢中になっていると、ぽとりと本の小さな雫が1つ落ちた。それから、頭や肩、手などを濡らしていく弱い雨が降り始めたのだった。
幸い、しずくがたっている場所は大きな木の下だったため雨宿りのようになっていた。折りたたみ傘を探すが、どうやら自宅に忘れてきたようだった。
(今、帰ってしまって入れ違いになったら、白はそれからずっと待っているのかな。)
そんな事を考えているうちの雨足はどんどん強くなってきた。木下にいても濡れてしまっている。帰らないにしても、場所を移動しようと思い、持っていた本をバックに片付けようとした。その時だった。
車のクラクションが控えめに2回なった。
しずくは顔を上げて、その音の方を見ると、窓を開けて「しずくさーん!」と、申し訳なさそうに手を振る白の姿が見えた。
「申し訳ないです!打ち合わせが押してしまって、遅れました。」
「これ、タオルです。」と、灰色のタオルをしずくに渡しながら、白は頭を下げて謝罪をした。しずくは、「大丈夫。」と触り心地のいいタオルを有難く受け取った。
白は珍しく車で公園に来ていた。ダークブルーの普通車で、中は広々としていた。しずくは助手席に乗せてもらい雨から逃げることが出来た。今は、公園の傍に車を止めている。天井からは雨音が強く聞こえた。
濡れた洋服や髪をタオルで拭いていると、白は何故か嬉しそうにハンドルに両手を乗せながらこちらを見ていた。
「待っててくれたんですね。」
「・・・ほんの少しだけよ。」
「それでも嬉しいです。」
「本を読んでただけ。」
「何の本?」
「僕も本、好きですよ」と言いながら無邪気に質問してくる白。だが、しずくは正直に本のタイトルを教えるかを迷ってしまった。
ここで女の子らしく恋愛小説を言えばいいのだろうが、生憎しずくが好きなのはミステリーやファンタジー物だった。可愛げがない女と思われる、と答えを躊躇してしまった。
だが、何故白に女らしい姿を見せなきゃけないのだろう?デートしているわけじゃないのに、恋人でもないのに。と、思ったら悩んでいる自分が恥かしくなってしまった。
「三国志よ。」
「あぁ!面白いよね。長いけど今はどれの辺?」
予想外の反応に、しずくは驚きを隠せなかった。いつもならばミステリー小説を読んでいたのだが、最近見たアニメの影響で三国志が気になり読み始めたのだ。今更、昔の話を読むのかと迷い、またあまりに長編なので読めか迷っていた。
だが1巻を試しに読んでみると、読みにくさはあったが内容は面白く、すぐに虜になっていた。
白も呼んだことがあり、好きだと言ってくれた事に嬉しさを感じながら「呂布が赤兎馬を貰ったところ。」と答えると、「始めの方だね。これから、もっと面白くなりますよ。」と教えてくれたのだ。
その後は、好きに小説家の話や映画、アニメやゲームの話にまで話題は続いた。お互いに好きな作品やおすすめの物を伝え合っていると、共通の好みも見つかり、話は盛り上がった。
共通の趣味を持つ友達があまりいなかったため、しずくは戸惑いながらも、話す事ほとんどを知ってくれ、わかってくれる人がいたことに驚きながらも楽しい時間をすごしていた。
しばらくすると、急に雨の雨足が激しくなった。その音に驚いてしまうと、白も時間を忘れてしまっていたようで「もうこんな時間だ。」と、時計を見てそう呟いた。
しずくも時計を確認すると、あれからまもなく2時間が経過するところだった。
雨も強くなってきたころから、そろそろ帰ろうと白に声を掛けようとすると、先に白が言葉を伝えてきた。
「こんな時間ですし、雨も強くなってきたので、家まで送ります。」
しずくは、断ろうとしたが「嫌じゃなかったら。」と、切なそうな顔でそう白に言われてしまい、断るに断れなくなった。
道路は雨のせいか少し混んでいたが、時間はかからなかった。いや、長い時間だったのかもしれないが、それを忘れてしまうぐらいあっという間の時間だった。
白は、話し上手なのか、しずくが退屈することは全くなく長い時間も、すぐに過ぎていってしまった。
「その道を右に曲がって、次の外灯のところが私の住んでるマンションよ。」
「はい。到着しましたよー。」
「夜遅くなのに、ありがとう。あ、それからこのタオルは借りておくね。」
「あ、洗濯は僕がやります・・・でも、やっぱり貸しておこうかなー。」
「え・・・?」
「んー、だって、何か貸したら次も会えるって事ですもんね。」
屈託のない笑みで「そうします!」と笑う白。その表情や、その考え、その言葉にしずくは、胸が高鳴るのを感じてしまった。
この白という男は、全てで「しずくさんに会いたい」という気持ちを伝えてくれる。
その気持ちの素直さを感じて、悪い気持ちは全くしない。それは、白の素直で優しい行動、そして考え方のためだろうとしずくは思った。
そんな事を思っていると、自分でも驚く言葉を口にしていた。
「いつも送ってくれるお礼に、お茶ぐらいにご馳走するよ?」
しずくは何故か考えもなしにそう言ったわけではない。もっと、彼と話したいと心の中でそう強く思ってしまったのだ。
しずくは、言ってしまってから(なんて事を言ってしまったのだろう!)と、激しく後悔したが、それは後の祭りだ。もう彼にはその言葉は伝わってしまっているのだから。
その証拠に、白は目を見開いて、口はだらしなく開いたまま、固まってしまっている。それぐらい、その言葉は、彼にとって意外であり衝撃だったのだろう。
そんな白の姿を見てしまうと、さらに困ってしまうのはしずくだった。自分から言った言葉なのに、激しく動揺してしまう。
もういい大人のしずくが自宅に異性を誘うという意味を知らないはずもない。だが、もちろんそんなつもりはなく、ただもう少し話がしたかっただけなのだ。だか、そんなことは言わずに用件だけを簡単に伝えてしまったからこそ、あの言葉は失敗した、としずくは焦った。
今さらだが、訂正しようと恥ずかしさを隠しながら彼を見ると、白はもう先程の呆然とした表情ではなかった。
真剣にしずくを見つめており、その瞳には熱を持っているように、潤んで見えた。泣いているのかとも思った。だが、そんなことはどうでもよくなるぐらい、白は大人の男の目をしている事に、しずくも気づいてしまった。
その変化に戸惑い焦り、そして恥ずかしくなり、しずくはすぐに視線を雨で濡れた窓に向けた。
だか、それを許さないとばかりに白は、はっきりと、そして強く言ったのだ。
「それは、僕の気持ちを受けてくれたって事?」
その言葉に、しずくは微かに体をビクっとさせてしまった。
白の気持ちはもちろんわかっている。
しずくは、心の中で彼の事を自分は同じように思っているのだろうか?と問い掛けてみる。
約1ヶ月の彼を思い出す。時間にすると1日20分だけの短い時間だ。でも、その時間の中で彼はしずくに対する想いを、しっかりと伝えてきてきた。
それはしずくに十分過ぎるほど伝えられている。
だからこそ、しずくは首を横に静かに振った。
彼が自分の事を思ってくれているほど、自分は彼を知ってはおらず、愛していないと気づいたから。
「・・・思い出せないから、まだ。」
そう、しずくが言葉を紡いだ瞬間。
強い力で体を引っ張られて、気づいたら温かく少し雨の香りがするものに包まれていた。
白に抱きしめられている。
頭の中で理解するのに、少し時間が掛かってしまった。彼の熱や鼓動、匂いを深く感じた頃、しずくは全身が熱くなるのがわかった。
白に抱き締められているという現実に、一気に恥ずかしさと感じたことのない戸惑いのような気持ちが押し寄せてきた。
視線の先には、暗闇の中で白に抱き締められている自分が窓に写っており、更にしずくは顔を真っ赤に染めた。
この状況から逃げなければいけないと思いながらも、白の強い力には敵わない。いや、自分が抵抗したら彼はやめてくれるはずなのに、しずくは抱き締められている腕を動かせなかった。
「じゃあ、もう思い出さなくてもいいよ。僕が全部教えてあげますから。」
白がそう切なく苦しそうに言ったその言葉。
それが、伝染したかのように、しずくは苦しさを感じた。
白がずっと想っていた大切な過去の記憶。
それを思い出さなくていい、そんなことはダメだ!
そう思うと、しずくは抱き締められていた腕に力がこもり、白の胸を手で強く押した。
白は抱き締められた事、過去を伝えようとした事を拒否されたと思ったのか、泣きそうな顔でしずくを見ていた。
そこには、先ほどの大人の男はどこにもおらず、ただの少年のようだった。
彼を悲しませるのは、心が痛かったがしずくはもう決めていた。
白の温もりから少し離れた所で、しずくは照れる気持ちを隠しながら彼の目をじっと見つめた。いつもより近い距離に緊張しながらも、彼から目を反らさなかった。
そして、しずくは心の中で決めた事を、はっとりした口調で彼に伝えるべく、小さく呼吸を整えた。
「白には待たせてしまうことになるけど、あなたが大切にしてくれた昔の記憶を思い出さないのはイヤなの。」
「・・・。」
白もしずくの視線に合わせるように、少年のキラキラした瞳でこちらを見ていた。もう、そこには悲しさがなくなっている。
「私、あなたの事思い出して見せるから。」
しずくが強く宣言するように言葉を、気持ちを伝えると、白は嬉しそうに頷いた。
「待ってる。」
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