第5話「待ち合わせ前の時間」


   5話「待ち合わせ前の時間」


 今日は平日の朝。


 いつもならば、仕事に行く時間ではあるが、しずくは今日の仕事は休みだった。

 普段の休日は起きる時間も遅く、自宅でゆっくりと過ごす事が多いしずくだったが、今日だけは違った。

 出掛ける準備をし、何度も鏡で自分の姿を確認しているのだ。

 おしゃれやメイクは好きだったしずくだが、なかなか外出しないためタンスの肥やしになっている洋服やコスメが沢山あった。その中から、自分が「これ!」という物を多数選んで、何回か鏡の前で脱いでは着ての繰り返しをして、ようやく紺の花柄ワンピースにロングのカーディガンというスタイルに決まった。

 メイクも春らしいものを選び、髪もオイルを少しだけ使って艶を出してみた。

 そして完成した自分の服装やメイクなどを鏡を使って何度もチェックしていたのだ。

 髪に何度も触れたり、今更ワンピースの丈を気にして鏡の前でくるくると回ってみたり、口紅を何回か塗りなおしたり。

 そこまで、デート前の女の子らしい光景を自分が作っていることにはたと気づき、しずくは急に冷静になった。

 そして、鏡の中のおしゃれした自分を見つめた。


「これじゃあ、まるでデートじゃない。付き合っているわけじゃないんだし。こんな事しなくなっていいはずなのに。」


 白と一緒に出掛けるだけなのに、こんなにも張り切っている自分に、しずくは独りため息をついた。


 着替え直そうとも思ったが、待ち合わせの時間までもうわずかだった。

 今日は、白がしずくの家まで来るまで迎えに来てくれる予定だった。

 しずくは、時間より早かったが、そっと玄関のドアを開けて外の様子をうかがった。ドアを開けて少し下を見ると、しずくのマンションの玄関を見ることが出来るのだ。

 しずくは、覗き込むのように確認すると、白の車が見えた。時間より早いが白はもう待ってくれているようだった。

 もう着替えをしている時間はないとわかり、しずくは慌てて部屋に戻り、鏡の前で最終確認をしてバックを持ち、戸締りをしてから部屋を足早に出た。


 玄関を出て白の車に近づいてみたが、運転席に白はいなかった。見えにくかったが窓に近づいて車内を確認してみるが、誰もいないようだった。

 しずくは、「車が違うのかな?」と、後ろにさがった所で「しずくさん!」と肩を優しく叩かれた。

 声を聞くだけで彼だとわかってしまうのは、ここ数ヶ月毎日のように会っているからだろう、そんな事を考えながらしずくは後ろを振り返る。もちろん、そこには白がいた。


「さっき、あそこから下を見てましたよね?」


 白は挨拶をしたあと、しずくの自宅を指差してそう言った。


「え・・・あ、うん。もう来てるかなって思って。」

「少し早く着いちゃって。急がせちゃったみたいで、すみません。でも、嬉しかったです。」

「嬉しいって?」

「待ち合わせ前に、おしゃれしたしずくさんに会えて。」


 照れ隠しなのか、頬を指で摩りながら、「ワンピース似合ってます。」と褒める白の言葉を、しずくは呆然としながら聞いていた。

 先ほどの白の言葉が何故か耳から離れなかった。少しでも早く会いたいと思ってくれていたのだろうか。そして、彼はどうしてそんな気持ちを素直に話してしまうのか。

 しずくは、表面ではなんとか冷静さを保っていたが、内心は焦りでいっぱいだった。

 白の言葉一つ一つが、予想以上の返事が返ってくるため反応に困ってしまう。

 しずくは、言葉を失ってしまいそうになり、こっそり深呼吸をした。


「ど、どこから私の事見ていたの?」

「少し離れた交差点から。丁度信号待ちしていて。あ、これドライブ中に飲むかなって思って、飲み物買って来ました。」


 ビニール袋を軽く上げながら、ニコリと笑いながら白は言った。

 車を持っている白だったが、歩いて移動する事が好きらしく、近場は徒歩で移動していると以前話していた。「仕事からあまり体を動かさないってのもありますけど。」と、話もしており、ディスクワークの仕事なのかな?っと、しずくは白の仕事を勝手に想像していた。


 白の車の助手席に座り、シートベルトをする。と、視線を感じ白を見ると、ニコーっと満面の笑みだった。

 何故シートベルトを締めるだけでそんなにも楽しそうなのか、不思議そうに彼を見る。


「僕の車にも慣れてくれたんですね。」

「え?なんで・・・?」

「だって、はじめはシートベルトも上手く締められなくて、僕が手伝ったなーっと思い出してしまって。」

「よく覚えてるわね。」

「もちろんです。」


 得意げに白は笑った。


 そうだった。

 白は、天気が悪い日や仕事で急いでくる時は車を使って公園に来ていた。それでも、1週間に1度あるかないかで、ほぼ歩きで公園に来ていたが。

 雨で濡れた日、シートベルトをしようとすると、上手く金具が入らなく一人で苦闘していると、白が手伝ってくれたのだ。

「あんまり車に乗らないんですか?」と聞かれ、「数年ぶりかも。」と答えると、笑って「珍しいですね。」と言った。それから数回車にも乗ったが、シートベルトの金具が上手に「カチッ」と音を立てて閉まるのに時間がかかってしまっていた。

 そんな事さえも、彼にとっては嬉しい事らしい。


「私服では、ワンピースとかスカートが多いんですか?」

「うん?仕事ではズボンばかりだから、着たくなるかな。ワンピースが好きでついつい買っちゃう。」

「似合うと思います。仕事の時のジーパンとかラフな姿もいいですけど、なんか新鮮ですし・・・。うん、ワンピース好きかもしれません。」


 座っているしずくの全身を見ながら「うんうん。」と頷き褒めていく白。


 今日は彼と1日一緒に過ごす予定。

 しずくは、これから白のどんな言葉が待っているのかと、気持ちを高めてしまったのだった。


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