第193話 三つ巴

 絶対王者。


 それは何者も敵わない孤高の存在のことだ。

 他の者の追随を許さない。

 絶対に負けることがない。

 だからこその絶対王者だ。


 絶対王者の頂に至った者は数多くいる。

 だが、その頂に居続けることができた者はいない。

 それは、どんな領域でも例外はない。


「悪いが、これだけは譲るつもりはない」


 課長が王者の貫禄を見せつつ、そう宣言する。

 その堂々とした姿は、まさに王者と呼ぶにふさわしい。

 しかし、それに異を唱える者がいる。


「聞き捨てなりません~。そちらが王様なのは認めます~。けど、王様が最強だとは限りません~。この場においては、こちらが上です~」


 後輩だ。

 彼女は相手が王であることを認めた上で、それを上回っていると宣言する。

 確かに、王であることが、あらゆる分野で最強であることの証明ではない。

 王とはそういう者ではない。

 王とはある意味、最弱の存在と言ってもいい。

 一人では何もすることができず、常に周囲に守られている。

 周囲には、あらゆる分野で優れたものがおり、王はそのいずれにも勝つことができない。

 王が他よりも優れている点は、ただ一つ。

 高貴であることだけだ。


 だが、ここで異論を挟みたい。

 高貴だったり、最強だったりすることだけが、最高なのだろうか、と。


「やっぱり、これが一番かな」


 いつの世も、改革や革命を起こすのは、庶民だ。

 どこにでもいる庶民の熱意こそが、心を動かすのだ。


☆★☆★☆★☆★☆★


 始まりは、最近にしては珍しい、出張だった。

 といっても、日帰りだ。

 費用削減が叫ばれているご時世で、泊りがけの出張など、相当の理由がないと許されない。

 しかし、いかに通信技術が発達して映像や音声を遠隔地とやりとりできるようになったとしても、やはり一番のコミュニケーションはフェイス・トゥ・フェイスによる会話だ。

 相手の息遣いや汗から緊張や安堵を敏感に把握するためには、近い距離で会話をすることが必要だ。

 そのため、一番最初、および、重要なイベントでは、必ず相手と対面で話す。

 これは、課長の方針だった。

 自分もそれに賛同する。


 まあ、それはそれとして、出張での楽しみは、移動時間を利用しての食事だ。

 駅弁なら、なお言うことがない。

 今回の出張は、課長と後輩と自分の三人で来ているので、それぞれ選んだものを見せ合う。

 それが、全ての始まりだった。


「やはり秋と言えば松茸だろう。悪いが、これだけは譲るつもりはない」


 課長が選んだのは、松茸の炊き込みご飯がメインの、松茸弁当た。

 副菜も充実していて、美味しそうではある。

 しかし、ふと、疑問を感じる。

 松茸がその進化をもっとも発揮するのは、その香りを生かしたメニューだ。

 むしろ、それが全てだと言ってもいい。

 味や食感は、悪いが他のキノコより劣ると言わざるを得ない。

 そんなことはないと言う人もいるだろう。

 そちらの意見を否定するつもりはない。

 だが、それは香りがあることを前提としてはいないだろうか。

 そういう意見を言う人に問いたい。

 香りが無い松茸の味や食感が、それでも最高だと、胸を張って言えるのかと。

 それはともかく、今は課長の選択だ。


「聞き捨てなりません~。そちらが王様なのは認めます~。けど、王様が最強だとは限りません~。この場においては、こちらが上です~」


 異論を唱えたのは後輩だ。


「そもそも炊き立てじゃない炊き込みご飯の松茸って、香りは無いし、なんかペタッとしていて、短く切ったきしめんみたいじゃないですか~。あ、喉ごしだけなら、認めてあげてもいいです~」

「ぬぅ!」


 後輩の意見に反論できないのか、課長が悔しそうに唸る。


「では、そちらは何を選んだのかね」

「わたしは、これです~。やっぱり秋は栗ですよね~」


 後輩は、栗ご飯がメインの、栗ご飯弁当を選んだようだ。

 まあ、栗は冷たいスイーツにも使われるくらいだ。

 冷めていることが前提の駅弁でも、味が落ちる要因にはならないだろう。

 悪くない選択だと思う。

 しかし、課長は素直に認めたくはないようだ。


「確かに栗ご飯は旨いだろう。それは否定しない。しかし、『この場において上』というのは、どうだろうか?」

「なにか問題でも~?駅弁と言えば、旅行のお供です~。旅行のお供に栗ご飯、最高じゃないですか~」


 後輩は余裕の表情だが、課長が不敵に笑う。


「もしこれが『旅行』だったら、そうだったろう。そう・・・『旅行』だったらだ」

「?」


 後輩が怪訝そうに首を傾げる。


「我々は『出張』中。しかも『帰り』だ。その意味が分かるかね?」

「?・・・・・あっ!」


 課長の言葉を聞いて、後輩が珍しく焦った声を上げる。


「そうだ。『出張帰り』と言えば、ネクタイを緩めて缶ビールが定番だ。そのお供に、ほんのり甘い栗が合うとでも?」

「くぅ~!」


 後輩が悔しそうに唸る。

 が、すぐにその表情が平常に戻る。


「あ、でも、よく考えたら、わたし出張帰りにビールなんて飲みません~。だって、セキュリティの関係で、仕事の書類を持ったままお酒は飲むなって、会社の規則にありますよね~」

「むっ!」


 その言葉に、課長が痛いところを突かれたといった顔をする。

 そう言えば課長、缶ビールっぽいものを買っていたけど、いいのかな。

 そう思って課長の手元を見ると、どうも買ったのはノンアルコールビールのようだった。


「・・・・・世知辛い世の中になったものだ」


 ぷしゅ!


 そう言って、缶ビール(ノンアルコール)を開け、一口飲み干す課長。


「じゃあ、食べましょうか」


 バトルの合間を見計らって声をかける。

 いつまでも付き合っていたら駅についてしまいそうだったから、一段落してほっとした。

 そうして、自分の駅弁を開けていると、後輩が覗き込んできた。


「そう言えば、先輩はどんな駅弁を買ったんですか~」

「ん?普通のシャケ弁だよ」


 そう言って後輩に見せていると、課長まで覗き込んできた。


「庶民の味方、秋鮭です。鮭って年中食べられますけど、秋が旬だから今の季節は美味しいですよね」

「・・・・・」

「・・・・・」


 あと、駅弁だけあって、冷めてもザクっと美味しい舞茸の天ぷらや、食後に嬉しい栗の一口和菓子などがついている。

 舞茸も栗も、今は年中食べられるけど、それでも季節を感じられるものが一品二品ついていると、なんとなく嬉しくなる。


「ぐぅ」

「むぅ~」


 なんだか、悔しそうな顔をされた。

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