第172話 後悔先に立たず

 人は有限の刻を生きている。


 それは一般人も冒険者(サラリーマン)も変わらない。

 しかし、両者には明確な違いがある。


 長さだろうか?

 確かに長さに違いはあるだろう。

 だが、人生には何があるか分からない。

 健康な人間が事故に遭うこともあれば、病弱な人間が長生きすることもある。

 一般人と冒険者(サラリーマン)の違いとは言えないだろう。


 早さだろうか?

 学問の世界では、光の速さで動いた場合、時間がゆっくりと流れるという説がある。

 それは事実なのかも知れない。

 だが、未だ人類はその領域には至っていない。

 ゆえに、確かめようがない。

 それに、どちらにせよ、一般人と冒険者(サラリーマン)の違いとは言えないだろう。


 では、なんなのだろうか?

 それは、意義だ。

 意義無く過ごすか、有意義に過ごすか。

 程度の差はあれ、そこに違いがある。

 一般人が無為に過ごしているというわけではない。

 だが、冒険者(サラリーマン)であれば、より有意義に過ごすべく、心がける。


 それは、クエスト(お仕事)の場合に限らない。

 休暇においても同様だ。


 命を削るようなクエスト(お仕事)。

 貴重な休暇。


 それらの時間の価値に、違いはない。

 違いが出るとすれば、有意義に過ごすかどうかだ。


「今日で夏季休暇も終わりか」


 夏季休暇の最終日。

 寂寥感を感じながら、目を覚ました。


☆★☆★☆★☆★☆★


 24時間後には休暇を終えてクエスト(お仕事)を再開する。

 タイムリミットは24時間。

 睡眠時間を8時間と考えると、残り16時間しかない。


 それなりに有意義な夏季休暇だったとは思う。

 ぼけっと過ごしたわけではない。

 旅行も行ったし、夏祭りにも言った。

 充分に休暇を満喫したと言えるだろう。


 だが、だからこそ、最後まで有意義に過ごしたい。

 最終日をゴロゴロと寝て過ごすなどあり得ない。

 では、何をするか。


「日帰りで旅行するには計画は立てていないし、散歩や買い物も普段の休日と変わらないしな」


 なにか、夏季休暇にしかできないことをしたい。

 子供の頃は迷いなど無かった。


 どうしていたか?

 もちろん、決まっている。

 夏休みの宿題の残りをやるのだ。


「早めにやっていたはずなのに、なにかが残るんだよな」


 不思議だ。

 それなりに真面目な子供だったはずなのに、最終日も宿題をしていた覚えがある。

 計算ドリルや漢字ドリルなどは夏休みの前半に終わらせた。

 絵日記も毎日つけていた。

 なのに、何かが残っていた。


「なんだったかな?」


 なにかは覚えていないが、なにかが残っていた。

 読書感想文だったろうか。

 そういえば、子供の頃はお小遣いが少ないから、読書感想文を書くために堅苦しい文学書を購入するのは、ハードルが高かった。

 しかし、図書館で借りてきても、堅苦しさに読むのに時間がかかって、いったん返却して再び借りるといったことがあった。

 一問一問、成果が出るドリルと違って、本を読む、感想文を書く、というのは○×で成果が出ないので、なんとなく性に合わなかった。

 だが、それでも最終日まで残すことは無かった。

 最終日に時間に追われながら本を読むなど、難易度が高い。

 8月後半になることが多かったとは言え、最終日ではなかった。


「まあ、考えていてもしかたないし、なにするかな」


 出かけること以外で、普段の休日にできないことで、それなりに有意義なこと。


「・・・・・大掃除でもするかな」


 まるで年末のようだが、最終日の夜に綺麗になった部屋で寝るのも悪くない。

 そう考えて、掃除に取り掛かった。


☆★☆★☆★☆★☆★


「ふぅ・・・」


 結局、掃除は夕方までかかってしまった。

 しかし、そのかいあって部屋は綺麗になった。

 満足感を感じながらベッドに転がる。


「あ、思い出した」


 気が抜けた瞬間、ふっと思い出した。


「『家のお手伝い』とかいう宿題があったな」


 それが子供の頃に最後まで残っていた夏休みの宿題だ。

 風呂掃除など、普段から何かしら手伝いはしていた。

 だが、改めて宿題と言われると、普段と違うことをしなければという謎の責任感があった。

 結局、料理をしたような覚えがあるが、親からすれば面倒を見なければいけない分、逆に手間が増えていたはずだ。

 今なら料理の腕も上がっているし、面倒を見てもらわなくても食事の支度くらいはできるだろうが、実家を出て一人暮らししているから、その機会も無い。

 今にして思えば、宿題ではなかったとしても、もう少し家の手伝いをしていてもよかった気もする。

 後悔先に立たずというやつだ。


 思い出に浸りながら横になっていると、なんだが眠くなってきた。

 大掃除をして、疲れたのかも知れない。

 少し昼寝でもするか。

 そう考えて目を閉じる。


☆★☆★☆★☆★☆★


「・・・・・」


 時計を見る。

 5時30分。

 目覚ましが鳴るより少し早い時間。

 しかし、再び寝るには時間が足りない。


 自分の姿を見る。

 昨日、掃除を終えた直後の服装だ。


「・・・・・はあ」


 最終日くらいは、ゆっくり眠るつもりだった。

 ある意味、それは叶っている。

 ゆっくり眠ることはできた。

 睡眠時間は普段より長いくらいだ。

 というか、長すぎた。

 まさか、少し昼寝をするつもりが、翌朝とは。


「起きるか」


 後悔先に立たずというやつだ。

 なにはともあれ、今日からクエスト(お仕事)の再開だ。

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