第169話 夏の宴(その1)

 灼熱地獄。


 まさに、そう表現するのがふさわしい光景が、窓の外に広がっていた。

 むろん、冒険者(サラリーマン)であれば、それに怯むことなく足を踏み出す。

 だがそれは、あくまでもクエスト(お仕事)のためであればだ。

 クエスト(お仕事)でなければ、好き好んで地獄に身を置いたりはしない。

 そんなことをするのは、自殺志願者か被虐願望を持つものくらいだろう。


 天国と地獄。


 窓の内と外は、その状態だった。

 内が天国で、外が地獄だ。

 内は快適な温度と湿度が保たれ、外は不快な温度と湿度に満たされている。


「ずっと、夏休みが続かないかな」


 夏季休暇の序盤は、ひさしぶりの長期休暇を満喫するべく、色々と活動的になる。

 下手をすると、クエスト(お仕事)をおこなっているときよりも、活動的なくらいだ。

 しかし、夏季休暇も中盤となると、日常のサイクルもすっかり休養に慣れてくる。

 いつまでも、ゴロゴロとできそうだ。


 無為に時間を過ごす。


 ある意味、もっとも贅沢な時間の使い方だ。

 だが、そんな平穏な時間は、得てして外部の要因で終わるものだ。


「でかけるよ、お兄ちゃん!」


 バーンッ!という擬音が似合いそうな勢いで、プチデビル(女子高生)が姿を現す。


「・・・・・どこに?」


 そう質問しつつも、半ば予想は付いている。


「今日は夏祭りだよ」


 浴衣を着こんだプチデビル(女子高生)が、そう宣言した。


☆★☆★☆★☆★☆★


「夕方からでいいか?」

「なに言ってるの。お祭りは昼間は空いている屋台を満喫して、夜は雰囲気を楽しむものだよ」


 分からなくはない。

 祭りを楽しむ人間には2種類が存在する。

 昼間に楽しむ人間と、夜に楽しむ人間だ。


 夜の楽しみというと、大人の楽しみを連想するが、そうではない。

 むしろ、子供の方が夜に出歩く。

 普段は推奨されない夜遊びも、祭りの日は許される。

 だから、子供の方が夜に出歩く。

 逆に、普段のクエスト(お仕事)で疲労し、人混みを避けたい大人は、空いている昼間に出歩くことが多い。

 ただし、小さな子供がいる家族連れは、その限りではない。

 家族サービスは大変だ。


 そして、さらなる上級者は両方の時間帯を楽しむ。

 どうやら、プチデビル(女子高生)は、上級者のようだ。


「昼間は暑いんだよなぁ」

「お兄ちゃんも浴衣を着たら?」

「持ってない」

「お兄ちゃん!お祭りを楽しむ気があるの?」


 そんなことを言われても。

 祭りは雰囲気を楽しむものだから、上級者からすれば浴衣は必須なのかも知れない。

 改めてプチデビル(女子高生)の姿を見る。

 華やかな気分になって、心が浮き立つのは否定しないが。


「まあ、わかったよ。最近は屋台の種類も増えているって聞くから、ちょっと楽しみだし」

「♪」


☆★☆★☆★☆★☆★


 そんなわけで祭りのメインストリートにやってきた。

 雰囲気は子供の頃と変わらないが、よく見ると子供の頃には見かけなかった屋台が、いくつかある。


「おいしそうな匂いがしてるね」

「ここって夏祭りの会場だよな?B級グルメの会場じゃないよな?」


 それくらい食べ物の種類が増えている。

 XX焼きそばやXX唐揚げは分かる。

 値段もお手頃だ。

 寿司などの生ものは微妙な気もするが、きっと酢でしめてあるのだろう。

 大人が日本酒を飲みながら食べるのかも知れない。

 だが、1000円以上するステーキ串はどうだろう。

 子供が小遣いで買いづらいものは、いくらおいしくても、なんとなく祭りの屋台として認めたくない。

 祭りの屋台には、子供に夢を売って欲しい。

 たとえ、くじに当たりが入っていないのだとしても。


「あ、鮎の炭火焼きなんてあるよ」

「ほう」


 それはなかなか心をくすぐられる。

 子供の頃はソースが鉄板で焼かれる香りに惹かれたものだが、今は川魚が炭火で炙られる香りの方が惹かれる。


「いらっしゃい!」


 元気な声が迎えてくれる。


「どこの鮎ですか?」


 プチデビル(女子高生)が尋ねる。

 この地方で鮎が有名なところというとあそこだが・・・


「新潟から来ました」


 あそこでは無かったようだ。


「む!それは岐阜に喧嘩を売っているんですか?」

「え!?いえ、そんなことはないですけど・・・」


 屋台の人を困らせるんじゃない。

 料亭で食べるんじゃないんだから、おいしければ産地にこだわらなくても、いいだろうに。


「2本ください」

「毎度あり」


 フォローというわけではないが、自分が食べたかったこともあり、購入する。


「お兄ちゃん、岐阜の鮎とどっちがおいしいか食べてみよう」

「・・・・・お手柔らかに」


 だから、屋台の人を困らせるんじゃない。

 ぱくりと一口、齧る。

 香ばしい香りと微かな塩味。

 それに、川魚特有の爽やかな風味が口に広がる。


「おいし♪」


 屋台の人が、ほっとした表情を見せた。

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