第168話 雲よりも高く(その2)

 一歩、一歩。

 踏みしめるように歩を進める。

 ここは、いつものフィールド(街中)ではない。

 いかに百戦錬磨の冒険者(サラリーマン)と言えど、戦い慣れたフィールドを離れれば、陸に打ち上げられた魚のように、苦戦は免れない。


「た、確かに・・・子供でも登れると聞いたことはあるけど・・・」


 実際、何人かの子供とすれ違った。

 今も近くまでやってきている。


『こんにちはー』

「こんにちは~」

「こ、こんにちは」

「こ、こんにちは」


 息も絶え絶えに挨拶を返す。

 どんなに辛い状況でも仁義は通す。

 それが冒険者(サラリーマン)だ。


 タッタッタッ・・・


 軽快な足取りで登っていく子供たち。

 上から下ってきたのではない。

 後ろから来て、追い抜いていく。


「追い抜かれちゃいましたね~」


 大して残念でもなさそうな口調で、後輩が言う。

 こちらにペースを合わせてくれているのが分かる。

 申し訳ないとは思うが、ペースを上げろと言われても無理だ。

 今のペースでも、ついていくのが、やっとなのだから。


「て、徹夜とかなら、体力が持つんですけど・・・」


 魔法使い(PG:女)が杖に寄りかかるようにしながら、最後尾をついて来ている。

 杖を持っているというと魔法使いっぽいがそうではない。

 地面について、身体を支えるための杖だ。


「普段から運動しないからだよ~」


 魔法使い(PG:女)に言った言葉なのだろうが、耳が痛い。

 自分も全く運動をしていないというわけではないが、平日や毎週末しているわけではない。


「そ、そんな暇ないし・・・」


 同感だ。

 とはいえ、マシンルームに籠って作業をすることが多い彼女の方が、体力が少ないようだ。

 自分よりも、しんどそうに見える。


「もう少しで、7合目ですから、そこで長めの休憩をしましょうか~」

「そ、そうだね。高山病も怖いし・・・」


 後輩からの提案に、迷うことなく頷く。


 標高3776メートル。

 現在、そこを目指して歩いている。


☆★☆★☆★☆★☆★


「ふぅ」


 水分を取って一息つくと、景色を見る余裕も出てくる。

 歩いているときも目には入っているのだが、景色を楽しむ余裕はない。


「山の上は涼しいですね~」

「山頂にいったら、寒いくらいになりそうだね」

「なりそうというか、なりますよ~」


 事前に調べてきたらか装備は整えてきている。

 夏に涼しさを楽しむというより、寒さに耐えるという感じになりそうだ。


「ここって、トイレに入るのにチップがいるんですね」

「まあ、山の上だから仕方ないよ」

「ちなみに、ペットボトルは1合あたり100円ずつ上がっていきます~。あと、山頂はインスタントラーメンが800円くらいです~」


 山の上は荷物を運ぶだけでも大変なはずだ。

 手に入るだけでも、ありがたいと思うべきだろう。

 ここでは下界の常識は通用しない。

 しかし、物価が5倍から10倍か。

 もはや、ここは別世界と言ってもいいのではないだろうか。


「8合目の山小屋を予約していますから、もうひと頑張りしましょう~」


☆★☆★☆★☆★☆★


「や、やっとついた・・・」


 魔法使い(PG:女)がへたり込む。


「明日、まだ登るんだけどね」

「むしろ、明日が本番です~」


 バタッ・・・


 いかん。

 とどめを刺してしまったらしい。


「おーい、夕食は食べた方がいいよ」

「食べないと明日登れないよ~」

「・・・・・」


 へんじがない、ただのしかばねのようだ。


 なぜか、そんな有名な一説を思い出した。


☆★☆★☆★☆★☆★


 翌日。

 一晩休息を取ったこともあり、なんとか山頂に辿り着くことができた。


「わたし・・・なんで、ここにいるんだろう?」


 魔法使い(PG:女)が、なにやら哲学的なことを考えているようだ。


「足は痛いし・・・息苦しいし・・・登山ってなにが楽しいんでしょうか?」

「えっと・・・景色かな?」

「写真で見た景色の方が綺麗です」

「空気がおいしいとか~?」

「酸素が薄くて息苦しい」

「達成感かな?」

「普段の仕事で徹夜明けに感じてます」

「パワースポットらしいから、幸運が舞い込んでくるとか~?」

「せっかく泊りがけなのに、ロマンチックなことも無かったし」


 うーん。

 登山を楽しめるかどうかは、個人差があるな。


「下山してから、どこかで、ゆっくりしていこうか」


☆★☆★☆★☆★☆★


 下山後。

 ゆっくり温泉に浸かって、後輩と二人でご機嫌を取っていたところ、なんとか魔法使い(PG:女)にも満足した旅行になったようだ。


「でも、二度と登りません」

「え~」


 まあ、あの山は下から見た姿の美しさが有名だから、下からのんびり見た方が楽しめるという人もいるだろう。


「今度はロープウェイで登れる山にしようか」


 やはり、冒険者(サラリーマン)の生きる世界は、世俗にまみれた下界ということなのだろう。

 天上の世界は、仙人にでも任せておこう。

 物価も高いし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る