第166話 猫の流儀(その2)
「おはようございます~。先輩もお散歩ですか~?」
まるでイージスの盾の如く、日傘を差した後輩が日向に立っていた。
危険地帯(日向)を避け、安全地帯(日陰)を選んでいた自分の行動がバカバカしくなるほど、後輩の姿は潔い。
パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない。
陽射しが強いなら、日傘を差せばいいじゃない。
とでも言いたげに、イージスの盾(日傘)で空からの熱線を遮っている。
白いスカートで、地面から襲い掛かってくる熱風の対策も万全のようだ。
「・・・・・負けた」
「?」
訂正しよう。
装備の欠点を技量で補うなど、労力の無駄だ。
装備を充実させることで対策できるなら、技量を向上させるよりも、そちらの方がいい。
☆★☆★☆★☆★☆★
「いや、夏は散歩に向かない季節だなって思ってね」
「そうですか~?」
「だって、朝から暑いし」
春と同じ時間に散歩に出たとしても、全く環境が違う。
別世界だと言ってもいい。
「お年寄りは、よく朝に散歩しているけど、大丈夫なのかな?」
健康のために散歩して、熱中症になったら、本末転倒だ。
「お年寄りは、散歩の上級者ですからね~」
なにかコツがあるということだろうか。
「先輩はもしかして、同じ時間に散歩してませんか~」
「そうだけど」
「それは散歩の初心者です~」
「むっ」
悔しいが、その通りだ。
散歩道は奥が深い。
それを極めたと言うほど、思いあがってはいない。
「上級者は、日の出と共に散歩に出ます~。時間は関係ありません~」
「なるほど、季節で時間を変えるということか」
それなら納得だ。
理にかなっている。
だが、後輩は首を横に振る。
「違います~。『日の出と共に』散歩に出るんです~。結果として季節で時間は変わりますが、季節で時間を決めているわけじゃないです~」
「・・・・・それは同じじゃないの?」
「全然違いますよ~。曇りで太陽が出るのが遅かったら、ゆっくり散歩に出ますし、雨で太陽が出なかったら、散歩に出ません~」
そうか。
これは、あれだ。
うどんを打つ職人が、その日の気温や湿度によって、水の量を微調整するのと同じだ。
教科書のように、全てを数値で表すことができるわけじゃない。
知識と経験に裏付けされた、職人技というやつだ。
やはり、散歩道は奥が深い。
「でも、会社勤めしていると、平日と同じ時間に起きちゃいますよね~。だから、わたしもこの時間になっちゃいました~」
そう言えば、後輩も自分と同じ時間に散歩をしている。
だが、同じと侮るつもりはない。
彼女は、この夏の時間帯が散歩に適さないと理解している。
自分は、理解できていなかった。
その差は大きい。
とは言え、新たにそれを理解したことで、少しは自分も散歩道の神髄に近づくことができただろうか。
「しかし、こう暑いと、食欲も無くなるよな。ネコマンマで食べることが多くなるよ」
ご飯に味噌汁をかけて食べるアレだ。
摂取する栄養は同じでも、喉ごしがよい。
あまり上品な食べ方でないのは知っているが、ついついやってしまう。
「アレおいしいですよね~。魚の風味で食欲が出ます~」
魚の風味?
確かに味噌汁には出汁を入れるが、特に魚の風味が強くなるわけではないと思うが。
「おにぎりにしてもいいですよね~」
「え?アレを、おにぎりに?それは無理じゃないか?」
手がべちゃべちゃになるのではないだろうか。
というか、おにぎりの形にまとまらないだろう。
「ん~?」
「ん?」
なぜか不思議な表情を見せる後輩。
「でも、最近はコンビニにも売ってますよね~?」
「え?アレが売ってるのか?ふやけてないか?」
それとも、別々になっていて、食べるときにかける形式だろうか。
だが、それでは、ただのご飯と味噌汁だろう。
ネコマンマという商品があるわけじゃない。
「ん~?」
「ん?」
またもや、不思議そうな表情を見せる後輩。
なんだろう。
なにか認識にズレがあるような気がする。
「ちょっと、確認なんだけど、ネコマンマって、ご飯に味噌汁をかけたもののことだよな?」
「え?それは、味噌汁かけご飯ですよね。ネコマンマって、かつお節をかけたご飯のことですよね?」
「それは、おかかだろ?」
確かにかつお節はネコが好きそうではあるが、おかかという呼び名がある以上、ネコマンマではないだろう。
「いやいや」
「いやいや~」
まさか、同じ国、同じ地方に暮らす人間の間で、そんな認識の違いが出るわけがない。
冗談を言っているに違いない。
「昔の人が余ったご飯と味噌汁をネコの餌にしたのがネコマンマだろう。だから、ご飯に味噌汁をかけたものがネコマンマだ」
「何を言ってるんですか~。人間用に味付けされた食事はネコには塩分が強すぎるんですよ~。その点、かつお節をかけたご飯は塩分が調節できます~。かつお節をかけたご飯がネコマンマですよ~」
バチバチッ!
見えない火花が飛び交っているような気がする。
「にゃ、にゃあ・・・」
スススッ・・・ビクッ!
挨拶のような鳴き声を残して去ろうとした魔獣(黒猫)に、自分と後輩の眼が集中する。
「かつお節をかけたご飯がネコマンマですよね~」
「ご飯に味噌汁をかけたものがネコマンマだよな」
「にゃ、にゃあ・・・」
せっかく当人(?)がいるのだ。
逃がす気はない。
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