第167話 雲よりも高く(その1)
長期休暇。
それは冒険者(サラリーマン)にとって、金銭よりも価値のあるものだ。
冒険者(サラリーマン)は、クエスト(お仕事)を遂行することにより、金銭を稼いでいる。
それは生きるためだ。
だが、金銭が必要なときだけクエスト(お仕事)をすればいいというものではない。
ギルド(会社)に所属するものは、自由に休暇を取ることはできない。
もちろん、権利は与えられている。
本来であれば、休暇を取っても責められるいわれはない。
そのはずだ。
しかし、実情は違う。
クエスト(お仕事)は、チームでするものだ。
背中を預ける仲間がモンスター(お客様)と命懸けで戦闘(会議)をしている。
その間、自分だけが、のうのうと休暇を取る。
そんなことは仲間意識が許してくれない。
いや、仲間は許してくれるかも知れない。
だが、自分の心が許してくれない。
罪悪感に苛まれ、たとえ身体が休んだとしても、心が休まらない。
だから、普段は冒険者(サラリーマン)が土日以外に休暇を取るのは、一度に一日くらいだ。
それも、たまにだ。
しかし、例外がある。
ギルド(会社)が定めた長期休暇だ。
このときばかりは、クエスト(お仕事)をする方が、逆に責められることすらある。
休暇を取るのも冒険者(サラリーマン)の義務。
そう言わんばかりだ。
だから、心置きなく休むことができる。
「夏休みですね~」
今年もこの季節がやってきた。
☆★☆★☆★☆★☆★
「先輩さんは、なにか予定はあるんですか?」
魔法使い(PG:女)が聞いてくる。
夏休みの予定か。
「特にないなぁ」
夏休み直前だというのに、特に予定がない。
我ながら思うのだが、休暇の使い方が下手な気がする。
別にワーカーホリックというわけではない。
休暇があれば、素直に休むし、遊びにも行く。
しかし、何ヶ月も前から予定を組むということは、あまりしない。
最近は滅多にないが、何年か前までは直前になって夏休みに休出することになるということが、間々あった。
そうすると、予定が狂う。
だから、事前に予定は立てない。
直前になってから予定を立てる。
無意識のうちに、それが習慣化していたのかも知れない。
しかし、それだと宿は予約で埋まってしまっているから、泊りがけの旅行にはいけない。
せいぜい、日帰りだ。
「たまには、泊りがけで遊びにいきたいけど、今からじゃ宿も取れないだろうしなぁ」
長期休暇のたびに思うのだが、毎回忘れてしまう。
たまに思い出すのだが、直前にならないと休めるか分からないという思いが、心のどこかに引っかかってしまう。
「夏休み前に限って、バグが出ることってありますよね。それで、お客様が夏休みを取っている間に、直さないといけないとか」
「ああ、あるある」
魔法使い(PG:女)は、自分と同じ感覚が分かるようだ。
まるで、それを狙っているんじゃないかというモンスター(お客様)もいるからな。
「そんな二人に朗報です~」
後輩が何やら言い出した。
「山に登りましょう~」
「山?」
「キャンプってこと?」
キャンプか。
インドア派だが、たまには悪くないかも知れないな。
それに、山の上は涼しい気がする。
夏に行くのは、いいんじゃないだろうか。
「先輩はあまり水着に萌えないとお聞きしましたので、それなら海より山の方がいいと思いまして~」
「・・・そんなこと言った覚えないけど」
なんだか、周囲の視線が冷たくなったような気がするのは、気のせいだろうか。
「いえ、そういう情報を入手したので~」
「えーっと、どこから・・・」
「山小屋を予約してあります~」
情報の入手元を問いただそうとしたのだが、スルーされた。
まあいい。
他にも気になることがある。
「山小屋って・・・がっつり登山じゃない」
魔法使い(PG:女)は、気になった点を代弁してくれる。
「大丈夫~。ちゃんと、三人分、予約してあるから~」
「山小屋って泊まったことがないから、楽しそうではあるけど・・・」
魔法使い(PG:女)は、行くこと自体は否定的ではないようだが、なにやら心配ごとがあるようだ。
そして、それは自分にもある。
おそらく同じものだろう。
「登山か。普段、運動してないから、登れるか心配だな」
「そうですね。先輩さんは、まだ昼間に客先へ行くことがあるでしょうけど、わたしなんか、外を出歩くのは通勤のときだけですし」
転移ポータル(電車)でダンジョン(客先)へ行くのを運動というかは別として、言いたいことは分かる。
「大丈夫ですよ~。子供も登れる山らしいですから~」
「それなら、まあ・・・」
「大丈夫・・・かな?」
ここは後輩の言葉を信じよう。
それに体験したことのないことを体験するというのは楽しみでもある。
こうして、後輩と魔法使い(PG:女)と一緒に、山に登ることになった。
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