第165話 猫の流儀(その1)

 空からの熱線が肌を焼く。

 ヒリヒリと表面が炙られるだけでなく、チクチクと内部まで突き刺さるような痛みがある。

 服を着ていても透過してくる不可視の電磁波が、身体を貫いていく。


 それだけではない。

 陽炎が出るほど熱せられた地面からは、蒸気を纏った空気が浮き上がってくる。

 それが身体にまとわりついて、全身が蒸されるかのようだ。


 今日は休日。

 だが、冒険者(サラリーマン)たるもの、休日だからといって装備を怠ったりしない。

 肌を大きく露出する服装など問題外。

 長袖、長ズボンは当然だ。

 しかし、空からの熱線を防ぐその装備にも欠点はある。

 地上からの蒸気が籠りやすいのだ。


 では、どうするか。


 装備の欠点は技量で補うのだ。

 装備に頼り切るなど初心者。

 冒険者(サラリーマン)は、常に最新の武器(パソコン)を使えるとは限らない。

 ギルド(会社)からの支給品は、低い性能の武器(パソコン)であることもある。

 あらゆる武器を使いこなす技量があって、はじめて一流の冒険者(サラリーマン)と言える。

 それは武器に限らず、防具も同じだ。


 タタタッ・・・スタスタスタ・・・タタタッ・・・スタスタスタ・・・


 クエスト(お仕事)において、地理的な優位性を保つことは重要なことだ。

 ダンジョン(客先)までの距離の違いによって、他の冒険者(競合他社)に報酬(受注)を奪われることもある。


 タタタッ・・・スタスタスタ・・・タタタッ・・・スタスタスタ・・・


 休日に移動するときにも、その技量は役立つ。

 不利な地形を避け、有利な地形を選択する。

 それだけで、受けるダメージは段違いだ。


 タタタッ・・・スタスタスタ・・・タタタッ・・・スタスタスタ・・・


 日向は素早く、日陰はゆっくりと歩く。

 位置取りは重要だ。

 一時的に大きな日陰だからといって飛びつくと、その先の場所で日陰が見当たらないといったこともある。

 将棋やチェスのように、先の先まで予測して、ルートを探索するのだ。


 タタタッ・・・スタスタスタ・・・ビクッ!


 だが、考えることは皆同じようだ。

 次に目指そうと思っていた地点に、先客がいた。


「くっ!」


 よりにもよって、こいつか。

 だが、当然とも言える。

 全身が黒い姿は、熱をよく吸収しそうだ。

 冬は暖を取るのに適しているだろうが、夏は熱がこもり過ぎるに違いない。

 ならば、同じことを考えても、おかしくはない。


「・・・にゃあ」


 日陰と同化するように、魔獣(黒猫)が佇んでいた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「・・・・・」


 しばらく様子を見るが、魔獣(黒猫)はそこから動く気配がない。

 仕方が無い。

 別の日陰に行こうと片足を上げる。


「!にゃあ」


 タタタタタッ・・・


 だが、先回りするように魔獣(黒猫)が、その日陰に移動して陣取る。


「・・・・・」


 呆気に取られて、魔獣(黒猫)を見つめてしまう。

 どういうつもりだ。

 こちらが攻撃すると思って、移動したのか。

 それとも先回りして、こちらを追いつめようとしたのか。

 しかし、好都合ではある。

 これで、もともと目指していた地点に向かうことができる。


 ジャリッ・・・


「!にゃあ」


 タタタタタッ・・・


 だが、再度、魔獣(黒猫)に日陰を占領されてしまう。


「・・・・・」


 これは、もしかして、あれだろうか。

 互いに道を譲ろうとして、同じ方向に移動して、逆にぶつかってしまうという現象。

 これを回避するのは意外と難しい。

 通常の戦闘と違い、相手よりも技量が上だからといって、回避できるというものではない。

 高度な心理戦が要求される。


☆★☆★☆★☆★☆★


 膠着状態になってから5分。

 額を汗が伝う。

 緊張なのか、暑さのせいなのか。

 それすらも分からない。


「あの~」


 むやみに動くことはできない。

 だが、動かないわけにはいかない。

 このままでは、ジリジリと体力が奪われるだけだ。


「えっと~」


 しかし、相手は野生。

 獲物が動く気配を察知する能力に長けている。

 こちらが不利だ。


「先輩~」


 心理分析やフェイントなど、人間ならではの武器で不利を覆すしかない。

 まさに、行動を起こそうとした、そのとき、


「なにやってるんですか~?」

「にゃあ!」


 タタタタタッ・・・スリスリ・・・


 魔獣(黒猫)が後輩の差す日傘の下に移動した。


「・・・・・おはよう」

「おはようございます~。先輩もお散歩ですか~?」

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