第164話 色即是空
水中戦。
それは滅多にあることではない。
冒険者(サラリーマン)が得意とするのは地上戦だ。
第一、水中では、いつもの装備(スーツ)が役に立たない。
もし、いつもの装備(スーツ)で水中に入るとしたら、それは自殺志願者だ。
水を重くなり、水面から顔を出して呼吸をすることすら困難になるのだから。
だが、水中戦が皆無というわけではない。
モンスター(休暇中のお客様)に遭遇することもある。
だから、気を抜くことはできない。
もっとも、そういうときは、挨拶代わりの一撃(今日は家族と一緒なので失礼します)を繰り出して、戦闘(長話)を回避するという攻略方法がある。
それで、大抵の場合は切り抜けることができるので、それほど気にする必要もないのだが。
プチデビル(女子高生)に連れられてやってきた場所には、モンスター(休暇中のお客様)はいないようだ。
完全に気を抜くことはできないが、涼を取ってのんびりすることはできそうだ。
準備運動をおこなう。
何事も事前の準備は大切だ。
特に水中戦の前は。
「じゃーんっ!」
「おっ、きたか」
そんなことをしていると、水中装備に身を包んだプチデビル(女子高生)が姿を現した。
「じゃーんっ!」
「じゃあ、泳ぐか」
準備運動をしながら返事を返す。
「じゃーんっ!」
「おまえも、しっかり準備運動した方がいいぞ」
「・・・ちょっと、お兄ちゃん」
「ん?」
なんだろう。
一瞬前まで上機嫌だったようなのに、突然、機嫌が悪そうになったな。
「水着の女の子がいるのに、他に言うことはないの?」
☆★☆★☆★☆★☆★
「え?だから、準備運動を」
「そうじゃなくて・・・」
他に言うこと。
そういえば、先ほど自分の姿を見せるような仕草をしていたな。
つまりは、あれか。
水着の感想を言って欲しいということか。
「え、ちょっと、そんなに見られると照れるっていうか」
足から頭まで全身を眺める
ふむ。
「水の抵抗が低そうな競泳水着だな。いいんじゃないか?スピードが出そうだ」
「うーん、ちょっと期待と違うんだけど」
「日焼けした肌にも、似合ってるし」
「まあ、及第点にしておいてあげる」
それは、どうも。
何の点数かは知らないが。
「でも、女の子とデートするなら、もうちょっと褒めたり意識したりした方がいいと思うよ」
「スポーツする恰好に発情しろと言われてもなぁ」
おそらく言って欲しかったのは、オシャレだとかいう感想だろう。
しかし、それは芸術美を褒めるときの表現だ。
スポーツする恰好を褒めるなら、スピードが出そうとか、動きやすそうとかが、正解じゃないだろうか。
いわゆる機能美というやつだ。
「別に発情しろなんて言っていないけど・・・なんていうか、こう、ドキドキしたりとか」
まあ、健康美なら感じなくもないが。
「元水泳部に、それを期待しても無駄だ。異性の水着なんて見慣れているし、現役時代はそんなものに気を取られるほど練習は楽じゃなかったし」
「わたしも水泳部だから分かるけどね」
稀に異性の水着姿を目当てに入ってくる部員もいるが、そんな部員は半年と経たずに辞めていく。
無酸素運動は伊達じゃない。
「しかし、ここのプールは穴場だな」
「そうでしょ。普通の市民プールだからウォータースライダーとかはないけど、ちゃんと泳ぎたい人のために何コースか確保されているから、人が多くてもそれなりに泳げるし」
芋洗いは回避できるというわけか。
それに自然とコースによって、泳ぐスピードも分かれているようだ。
ゆっくり泳ぎたい人のコース。
はやく泳ぎたい人のコース。
といった感じだ。
「よし、泳ぐぞ」
「そうだね」
☆★☆★☆★☆★☆★
「ふぅ」
一息ついて水から上がる。
そう言えば、ここ何年かプールには来ていなかったな。
泳いだのは、ひさしぶりだ。
「あれ?お兄ちゃん、もうバテたの?」
「むっ」
そんな挑発的な台詞を言いながら、プチデビル(女子高生)も上がってきた。
「現役には負けるかも知れないが、まだまだバテてないぞ」
「そう?こっちもウォーミングアップが終わったくらいだけど」
トントンと跳びながら、耳から水を抜いている。
「競争でもする?」
「・・・いいだろう」
水中戦はひさしぶりとはいえ、自分とて現役の冒険者(サラリーマン)。
競争と言われて、引くわけにはいかない。
「ちょうど2つコースが空いたみたいだし、あそこでしよっか」
「わかった」
・・・・・
「あ、足がつった」
「いつもゲームばっかりしているからだよ」
冒険者(サラリーマン)が得意とするのは地上戦だ。
けっして運動不足のせいではない。
はずだ。
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