第163話 乾坤一擲

 束の間の休息。

 昔の事を思い出す。


 ピコピコ


 子供の頃。

 夏休みには、毎日のように外で遊びまわっていた気がする。

 今では、そのときの心情が思い出せない。

 何を考えて、そんな自殺行為をしていたのだろう。


 ピコピコ


 いや、待てよ。

 当時は今ほど暑くなかったのではないだろうか。

 思い返せば、当時はまだ、熱中症という言葉すら無かった気がする。

 それに、エアコンもだ。

 それどころか、扇風機も1家に1台ではなかっただろうか。


 ピコピコ


 特別、実家が貧乏というわけではなかったと思う。

 少なくとも同級生の家庭は似たようなものだった。

 まあ、高校生の頃はエアコンも部屋に1台になっていたが。


 ピコピコ


 恐るべきは地球温暖化だろうか。

 もしくは、技術の進歩か。

 どちらにせよ、現代では好き好んで真夏の真昼に出歩くのは、運動部員か自殺志願者くらいのものだろう。


「今日は水着回よ、お兄ちゃん!」

「・・・・・」


 画面を見ると、ちょうど配管工が海に飛び込んだところだった。

 イカやフグと戯れている。

 いや、あれはフグではなくてトビウオだったろうか。


「ああ、そうだな」

「ゲームの話じゃなくて!」


 納得して操作に戻ろうとしたところで、否定される。


「・・・なんだって?」

「だから、水着回よ、お兄ちゃん!」


 プチデビル(女子高生)が仁王立ちで宣言している。


☆★☆★☆★☆★☆★


 仕方が無いので、一時停止ボタンを押して、コントローラーから手を話す。


「意味が分からないんだけど」

「泳ぎに行こう!」


 時計を見る。

 13:00。

 昼飯を食べた直後だ。


 外を見る。

 雲一つ無い晴天。

 道路に陽炎が見える。


「・・・正気か?」

「もう!女の子の水着が見られるって言うのに、なにそのテンション?」


 もう一度外を見る。


「それを見るために、車のボンネットで目玉焼きができそうな中を歩くのもなぁ」

「お兄ちゃんって、修学旅行で女の子のお風呂を覗きにいかないタイプでしょ」


 漫画やアニメでよくあるパターンだけど。


「現実でそんなことしたら、先生に怒られるだけじゃなくて、警察に捕まるぞ」


 そう答えながら、立ち上がる。


「それで、どうするの?」

「まあ、行くよ」


 たまには、童心に帰るのもいいだろう。

 泳ぐのも久しぶりだ。

 決して、水着をみたいわけじゃない。


「よかった。部活がある日と間違えてもってきた水着が無駄にならなくて」


 それで今日は朝から来ていたのか。

 いつもより早いと思ったら。


「・・・・・やっぱり、行くの止めようかな」

「あぁ、ウソウソ。お兄ちゃんと泳ぎに行きたいのはホントだって。間違えたのはウソじゃないけど」

「まあ、いいけど」


 一度、水の中に潜る涼しさを想像したら、もうダメだ。

 あれは、エアコンの効いた部屋の中とは、また違うよさがある。

 別世界だ。


 仕方なさそうにしながらも、わずかに期待を持ちながら、支度を始めた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「それで、どこに行くんだ」


 この時間帯から海は無いだろう。

 とすると。


「ジャンボ海水プールか?」

「お兄ちゃんは、芋洗いがしたいの?」

「バカッ!誰が聞いているか分からないんだぞ!」


 慌てて口を塞ぎ、周囲を見渡す。

 幸い、誰にも聞かれなかったようだ。


 全く恐れを知らない奴だ。

 この地方を支配する存在に喧嘩を売るとは。

 あの存在が白と言えば、黒いカラスも白くなるという。


 その証拠に、テレビであの存在に不満を言う番組を見たことがない。

 街頭インタビューですらだ。

 普通、あの手の娯楽施設であれば、混み具合に不満の1つも出るものだ。

 それが無い。

 その支配力は、夢と魔法の王国を超えるという。


 この地方で平穏に暮らそうと思ったら、決して逆らってはいけない存在だ。


「お兄ちゃんの危機感の方向がよく分からないけど、普通の屋内プールだよ」


 こちらの手を押し返しながら、言ってくる。


「水遊びより、泳ぐ方が好きだしね」

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