第158話 万能薬

 万能薬。


 エリクサーという名前の方が、聞き覚えがあるだろうか。

 それは、あらゆる病を治し、不老不死をもたらすものとされている。

 日々、危険と隣り合わせの冒険者(サラリーマン)によっては、喉から手が出るほど欲しいものだろう。


 だが、残念ながら、実在はしない。

 架空の産物だ。

 そんな都合のよい代物があるわけがない。


 しかし、近いものなら存在する。

 事実、そのクスリは戦時中の日本で万能薬と呼ばれていた。


 食あたり。

 水あたり。

 ストレス。

 むし歯痛。


 一見、胃腸のクスリに見せかけて、他の場所にも効果がある。

 まさに、万能薬だ。


 だが、ちょっと待って欲しい。

 万能薬など存在しないはずだ。

 ならば、万能薬『のようなもの』は、なんのクスリなのだろう。


 重要なのは『効果がある』という点だ。

 『治る』ではない。

 『効果がある』だ。


 食あたり。

 水あたり。

 ストレス。


 これらにより引き起こされる下痢には『効果がある』。

 だが、これら自体を『治す』わけではない。


 むし歯痛。


 これの痛みに『効果がある』。

 だが、これ自体を『治す』わけではない。


 なるほど。

 まさに万能薬『のようなもの』だ。


 クスリは諸刃の剣。

 覚悟もない人間が手を出してよいものではない。


「・・・なんだけど、飲んでみる?○露丸」

「うぅ~」


 お腹のあたりを押さえながら唸っている後輩に声をかけてみた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「カキ氷を食べ過ぎました~」

「休憩時間のたびに食べてたしね」


 この暑さだ。

 気持ちは分かる。

 分かるのだが、年頃の女性が冷たいものの食べ過ぎで、下痢というのはどうなのだろう。

 子供じゃないんだから。


「それでどうする?飲む?」

「うぅ~、匂いが苦手なんですけど~」


 迷っているようだ。

 まあ、クスリなど飲まないに越したことはないし、苦手なら薬局に行けば別のクスリもある。

 無理に勧めるつもりはない。


「そういえば、そのクスリって、何年か前に危ないって言われていませんでしたっけ?」


 こちらの会話を聞いていたのだろう。

 魔法使い(PG:女)が話に参加する。


「ああ、あったね。成分がどうとかって」


 当時は、肯定派と否定派が、まるで宗教戦争のごとく、己の信じるもののために戦っていたようだ。


「前に調べたことがあるんですけど、結局、どっちが正しいのは分かりませんでした」


 そんなものだろう。

 戦争に参加する人間など、都合のよい言葉しか自分の耳に届かないものだ。

 そんな人間同士が争って、真実に辿り着けるわけがない。


「クスリなんだから副作用があってもおかしくはないし、用法用量を守らなければ危険なのは、当たり前なんだけどね」


 特にあのクスリは、効果を発揮する場面が限られている代わりに、効果が強力だ。

 逆に、それを間違えると、強い副作用だけが現れる。

 それが危険と言われる所以なのだろう。


「海外旅行に行った友達が、食事のたびに飲んでいたって言ってました」


 あのクスリは予防効果まであっただろうか。

 いや、あまり良くない飲み方な気がする。

 常習化は危険だと聞いたことがある。


「あ、あの~」


 そんな会話をしていると、後輩が情けない声で話しかけてくる。


「やっぱり、飲みます~」


 むぅ。

 直前まで危険性について考えていたせいか、手元にあるクスリを飲ませることに躊躇いを覚えてしまう。


「やっぱり、こっちにする?こっちなら匂いもないし」


 そう言って、白い錠剤を差し出す。


「そっちにします~」


 素直に受け取る後輩。

 そのまま飲み干す。


 ・・・・・


 数十分後。


「ありがとうございます~。すっかり、よくなりました~」

「それは、よかった」


 体調が戻ったらしき後輩に返事を返す。

 そして、クエスト(お仕事)に戻ろうとすると、魔法使い(PG:女)が小声で話しかけてくる。


「先輩さん、さっき渡していたのって・・・」


 どうやら、なにを渡したか見られていたらしい。


「よく効く成分が入っているものだよ」

「具体的には?」

「プラシーボ効果って知ってる?」

「・・・なるほど」


 納得してもらえたようだ。

 病は気から。

 先ほど後輩に渡した錠剤。

 あれもある意味、万能薬だ。

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