第157話 夏に吹く風(その2)

 冒険者(サラリーマン)にとって、夏の暑さや冬の寒さは、ただ耐えればいいというものではない。

 もちろん、不快に耐えたとしても、戦闘力が低下しては意味がない、という理由もあるだろう。

 だが、それだけではない。

 そもそも、耐えるものが適切なのかという問題がある。


 夏の暑さには、耐熱装備(クールビズ)。

 冬の寒さには、耐寒装備(ウォームビズ)。


 それは冒険者(サラリーマン)の基本装備だ。

 しかし、忘れてはならない。

 これらは、あくまで基本であり、応用ではない。


 臨機応変。


 これがもっとも大切だ。

 基本のできていない応用に意味がないのと同様に、基本を守り過ぎて応用をおこなわないことにも意味がない。

 つまり、どういうことか。


「・・・・・くちゅんっ!」


 こういうことである。


☆★☆★☆★☆★☆★


 可愛らしいクシャミをしながら、魔法使い(PG:女)が戻ってきたのは、夕方の休憩時間頃だった。


「おつかれ~」


 後輩が声をかける。


「おつかれ」


 魔法使い(PG:女)も、それに応じる。

 机に資料の束などの荷物を置くと、視線が後輩の手元に向く。


「先輩に買ってもらっちゃった~。一口食べる~?」


 そう言って見せるのは、カキ氷だ。

 暑さに参っている様子の後輩に買ってやったものだ。


「・・・・・いい。今は熱いコーヒーが飲みたい」


 そう言って、フロアを出ていった。


 ・・・・・


「マシンルームは寒かったみたいだね」


 戻って来た魔法使い(PG:女)に声をかける。

 この季節、自動販売機に缶コーヒーのホットは売っていない。

 紙コップの自動販売機にならホットがあるので、そちらを買ってきたようだ。


「エアコンが、ガンガンに効いていました」


 湯気の立つコーヒーのコップを両手で持って、おいしそうに飲む。

 冬なら似合う姿だが、今は夏だ。


「え~、ずるい~!」


 魔法使い(PG:女)の言葉を聞いて後輩が羨ましそうにするが、逆にギロリと睨まれる。


「じゃあ、変わってよ。あそこは、冷蔵庫の中よ」


 そう言って、半袖の腕をさする。


「そんなに寒いの~?」


 後輩が疑問の声を上げる。

 どうやら、彼女はあそこで長時間の作業をしたことが無いようだ。

 ちなみに、自分はある。

 だから、魔法使い(PG:女)の気持ちが分かる。


「あそこは寒いよ」


 後輩に教えてやる。

 あそこには、魔法使い(PG)たちの力の源(サーバー)が置かれている。

 それも大量に。

 24時間稼働し、常に熱を発するそれは、暴走しないように冷却することが求められる。

 それも、地球温暖化など知ったことかとばかりに、かなり強力に。


「入った直後は涼しくていいんだけどね。夏の恰好でいると、震えるくらいに寒くなってくるよ」


 夏に凍えるとは贅沢なものだが、そこに滞在する人間にとっては、たまったものではない。

 冬はまだいいのだ。

 外を歩くために、それなりの防寒具を持ち歩くことが多い。

 だが、夏に防寒具を持ち歩くなど稀だ。

 そこに罠がある。

 経験の浅い魔法使い(PG:女)は、その罠にはまってしまったらしい。


「風邪をひくかと思いました」


 そう言って、再びコーヒーを飲む。


「そういえば、他の二人は?」


 魔法使い(PG:ベテラン)と魔法使い(PG:男)の姿がないことに気づいて聞いてみた。


「休憩してから戻ってくるって言ってました」


 経験のある魔法使い(PG:ベテラン)は大丈夫だろうが、魔法使い(PG:男)は心配だな。


 ・・・・・


「おつかれさまです」


 戻ってきた二人に声をかける。


「おつかれ」

「ゴホゴホッ」


 二人の姿は対照的だ。


「暑くないですか~?」


 魔法使い(PG:ベテラン)は、セーターを着こんだ姿。


「大丈夫?」


 魔法使い(PG:男)は、マスクをして咳をしている。


「夏にウォームビズは基本だろう」


 魔法使い(PG:ベテラン)が、しれっと言う。


「知っていたなら、教えてくださいよ」

「ゴホゴホッ」


 魔法使い(PG:女)と魔法使い(PG:男)が恨めしそうな目を向ける。


「え?冬にマシンルームで作業したときに教えたぞ。夏は寒いくらい涼しいって」


 おそらく、『夏』『涼しい』というキーワードしか伝わっていなかったのだろう。

 無理もない。

 あの寒さは、経験しないと分からない。

 涼しい場所にいると周囲から羨ましがられるのが、腹立たしくなることすらあるくらいだ。


「くちゅんっ!」

「ゴホゴホッ」


 冒険者(サラリーマン)にとって、夏の暑さや冬の寒さは、ただ耐えればいいというものではない。

 夏に凍えることもある。

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