第159話 諸行無常

 夏。

 それは生物が活発に活動する季節であり、同時に活動が鈍くなる季節である。


 例えば、セミ。

 夏に地上に姿を表し、活発に活動する生物の代表例だ。

 知らない者はいないだろう。


 例えば、カタツムリ。

 夏に殻に膜を張り、休眠する生物の代表例だ。

 こちらは知らない者もいるかも知れないが、そうなのだ。


 では、人間はどうだろう。

 夏は人間にとっても、厳しい季節であり、だが活動的になる季節である。

 つまり、人によって異なる。

 同じ種族で、しかも同じ地域にいるにも関わらず行動が違うのは、人間くらいではないだろうか。

 問題は自分がどちらであるかだ。


 残念ながら、冒険者(サラリーマン)は夏だからといって休んでなどいられない。

 日々、モンスター(お客様)と戦いを繰り広げる。

 だが、いつも通りではない。

 自分がいつも通りだからといって、周囲の環境はそうではない。


 ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・プシュー


 いつもと同じ時間、いつもと同じ場所。

 転移ポータル(電車)に乗り込む。


「空いてるな」


 いつもと少しだけ違う光景が、そこには広がっていた。


☆★☆★☆★☆★☆★


 空いている。

 それに静かだ。

 学生が夏休みに入ったのだろう。

 あちらは休み、こちらは労働。

 そのことに思うところが無いわけではないが、こうしてメリットもあることを考えれば、腹も立たない。

 目を閉じ、しばし静かな朝のひとときを過ごす。


 ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・プシュー


 扉が開くたびに、セミの声がうるさい。

 だが、苦痛ではない。

 決まったリズムを刻み、文章としての意味を持たない鳴き声は、頭を休める妨げにはならない。

 むしろ、リズムに乗れば、快適ですらある。


 ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・プシュー


 何度かそれが繰り返された。

 そして、それに慣れてきた頃、変化が表れた。


 ガヤガヤ・・・


 突然、周囲が雑音に包まれる。


 ドサドサッ!


 重い荷物を無造作に置く振動が、微かに伝わってくる。

 不快感を感じ、目を開ける。


★バーサーカー(部活に行く学生)×5が現れた★


 そいつらは、周囲のことなど目に入っていないかのように、絶え間なく奇声を上げ続けている。

 どうも仲間同士で会話しているらしいが、なにを話しているかは分からない。

 夏の暑さのせいか、行動は活発になっているようだが、まともな精神状態ではないようだ。


「・・・・・」


 今にも暴れ出しそうな様子に一抹の不安を感じつつも、まだ戦闘状態になったわけではない。

 しばらく静観することにする。

 そう思って、目を閉じたところで・・・


 ガンッ!


 頭に衝撃を感じた。


「っ!?っ!?」


 なにが起きた。

 ついに奴らが暴れ出したのか。

 慌てて周囲を見回すが、こちらに襲い掛かってくる個体はいない。

 ただ、足元に落ちている鞄が1つ。


「あ、落ちちゃったー」

「気を付けろよー」


 バーサーカー(部活に行く学生)の1体が奇声を上げながらそれを拾い、網棚に乗せる。

 そして、そのまま、何事も無かったように、仲間同士の会話に戻る。


「・・・・・」


 ダメだ。

 やはり、奴らは理解できない。

 突然、こちらに攻撃したかと思えば、こちらに全く興味を示さない。

 行動パターン、思考パターンともに、人間とは異なる。

 もはや目を閉じる気にはなれず、奴らの動きを警戒することにする。


 ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・プシュー


 奇声を上げて周囲に被害を振り撒いているが、先ほどのように暴れ出すということはなさそうだ。

 奴らを観察しながら、しばしの時間を過ごす。


 ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・プシュー


 だが、夏の暑さは、冒険者(サラリーマン)に優しくない。

 安心しかけた頃、またもや毛色の変わった連中が姿を現した。


★バーサーカー(家族連れの旅行者)×5が現れた★


 最悪だ。


 ガゴンッ!


 そいつらは、重量感のある武器(キャリーバッグ)を手に、乗り込んできた。


 ガンッ・・・ゴンッ・・・


 武器(キャリーバッグ)を振り回し、周囲の人間に攻撃を繰り出しながら、こちらに歩いてくる。

 いよいよ戦闘か。

 そう覚悟したが、連中は少し手前で立ち止まり、こちらに背を向ける

 不幸中の幸いだ。

 小さな個体がちょろちょろと動き回っているのが気になるが、距離があるから気にしないことにする。


「・・・・・」


 バーサーカー(部活に行く学生)たちの観察を再開する。

 そうして視線を逸らしたところで・・・


 ガラガラガラガラガラ・・・ガンッ!


 膝頭に衝撃を感じた。


「っ!?っ!?」


 奇襲か。

 慌てて周囲を見回すが、こちらに襲い掛かってくる個体はいない。

 ただ、膝の前に重量感のある物体が1つ。

 これで攻撃されたらしい。


「おいおい、ストッパーをかけておけよ」

「ごめーん」


 ガラガラガラガラガラ・・・


 バーサーカー(家族連れの旅行者)の1体が奇声を上げながらそれを引きずっていく。

 いったい連中は何が目的なのだ。

 こちらに攻撃したかと思えば、こちらに全く興味を示さない。

 目的もなにも分からないから、警戒も意味をなさない。

 予想外の方向から攻撃をしかけてくるから、回避も難しい。

 まさに、生きる災害だ。


『ご乗車ありがとうございました。まもなく終点です』


 ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・プシュー


 ドサドサッ!ガヤガヤッ!

 ガゴンッ!ガゴンッ!


 周囲の人間を薙ぎ払いながら、バーサーカーたちが去って行く。


「・・・・・はぁ」


 冒険者(サラリーマン)にとって、夏は湧き出るモンスターから理不尽な攻撃をしかけられる、危険な季節だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る