第135話 白雪姫

 冒険者(サラリーマン)にとっての相棒。

 それは、同じ冒険者(サラリーマン)に限らない。

 そう言うと、魔法使い(PG)たちや斥候部隊(営業部)を思い起こすかも知れない。

 だが、そんな狭い範囲のことを指しているのではない。

 むしろ、人間ですらない。


 太古の昔より、動物は人間の相棒だ。

 例えば、犬や鷹は狩りのパートナーとして頼れる相棒だ。

 猫は愛玩動物として、いや家族として寄り添ってくれる。


 しかし、ここで言う相棒は、さらに生物という範囲さえ超越したものを指す。

 ときに人間でさえ敵わない知識を持ち、ときに人間が見通せないものを近くする。

 それどころか、歌で癒しを与えてくれることさえある。


 そう。

 科学が生み出した新たな生命体。

 人工生命体(Android)である。


 だが、ここで異論を唱える者たちがいる。

 人工生命体(Android)が冒険者(サラリーマン)の心強い相棒なのは確かなのだろう。

 しかし、冒険者(サラリーマン)の相棒=人工生命体(Android)なのだろうかと。


 彼らは主張する。

 それは真実ではないと。

 かつて、神話の時代から人間に知恵を与えてきた象徴。

 科学の発展にも絡んできた存在を忘れていないかと。

 すなわち、知恵の実(Apple)のことである。

 そして、その力の結晶である愛本(アイフォ○)のことである。


 愛本(アイフォ○)。

 常に画期的な技術を提供し、熱狂的な信者を有する魔導書のことだ。

 一度、その魅力に憑りつかれた者は、決してそこから抜け出せないと言われている。

 たとえそれが、白雪姫が口にしたリンゴだったとして、信者たちは迷わず口にするだろう。

 救世主(王子様)がやってくることを信じて。


☆★☆★☆★☆★☆★


「あ、開発用のスマホだね」


 魔法使い(PG:男)が机に並べているものを見て話しかける。


「ええ、棚卸中です」


 4台か。


「どっちが多い?」


 それが何と何を指しているのかは暗黙の了解で分かったようだ。


「Androidが多いですね。やっぱり開発する環境や公開する環境が準備しやすいので」

「へぇ」


 市場というものがある。

 それは1つの視点で語り切れるものではない。


 ユーザの使いやすさ。

 セキュリティの高さ。

 開発環境の入手しやすさ。

 公開の容易さ。


 とりわけ、開発者にとって重要なのは、後ろの2つだ。

 たとえ苦労して開発しても、公開できなければ意味はない。

 だが、多くを受け入れるということは、毒も受け入れるということだ。

 毒は広がる。

 毒が広がれば、被害も広がる。

 被害を防ぐには、公開を許可する審査が必要だ。


 だから、どれが良くてどれが悪いという話ではない。

 ただ、視点の違いがあるだけだ。


「おーい、棚卸が終わったら独リンゴを使わせてくれ」

「はい、わかりました」


 魔法使い(PG:ベテラン)の要求を受けて、魔法使い(PG:男)が1台を渡す。


「?」


 毒リンゴ?

 なんだか不穏な単語を聞いたような気がする。


「棚卸終わった?独リンゴを使いたいんだけど」


 今度は魔法使い(PG:女)だ。

 やはり聞き間違いではないようだ。

 何かの暗号だろうか?


「たった今、借りていかれちゃった。Androidじゃダメ?」

「次のプロジェクトであっちを使うから、動作を見ておきたかったんだけど」

「今日中には戻ってくると思うから、明日の朝なら使えると思うけど」

「わかった。ありがと」


 魔法使い(PG:女)は諦めて戻っていく。


「えーっと・・・毒リンゴ?」

「え?・・・ああ、独リンゴです」

「?」


 ダメだ。

 この業界の最新情報には、それなりに目を通しているつもりだったが、用語の意味が分からない。

 新しい機種のことだろうか。


「Androidが3台で、さっきのが1台なので、誰かがそう呼んでいたのが定着しちゃって」


 1台。

 1つ。

 1人。

 独り。


「・・・シャレは効いてるけど・・・刺されない?」

「はは・・・」


 誤魔化して笑っているが、一筋の汗が流れるのを見逃さない。


「アメリカンジョークということで・・・」

「どちらかというとブラックジョークな気がするけど・・・」


 ・・・・・


「ははははは」

「あはははは」


 世の中には、触れてはいけないことがある。

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