第129話 酒に交われば(青)

『制覇する意気込みです』


 彼女はそう言った。

 あるいは、そこで話が終わっていた可能性もある。

 成功すれば褒め称え、失敗すれば慰めるといった違いはあるかも知れないが、せいぜいその程度の違いだ。

 だが、運命は気まぐれで、運命という言葉を使いたくなる状況は、大抵が予想外のことが起きたときだ。


「それ、おもしろそうだね~」


 きっかけは、その一言だった。


「じゃあ、みんなで挑戦しましょうか♪」

「!?」

「!?」

「!?」

「・・・・・(くいっ)」


 驚愕の表情を浮かべる魔法使い(PG:ベテラン)、魔法使い(PG:男)、自分と、聞こえないフリをして、おちょこを傾けている課長。


「勝負です~」


 それが悲劇の始まりだった。


☆★☆★☆★☆★☆★


「やらないぞ」


 魔法使い(PG:ベテラン)が、当たり前だろう、といった顔で言う。


「そんなに強くないので」


 魔法使い(PG:男)は、申し訳そうに断る。


 だが、夢と現の境界にいる者(酔っ払い)に、そんな理屈は通用しない。

 いや、逆に独自の理論により、現実世界に生きる者(しらふ)の手に負えないことさえある。


「コミュニケーションは大切ですよ?」

「むっ・・・」

「えっと・・・」

「・・・・・(くいっ)」


 その言葉は、今日でなければ効果を発揮しなかった可能性が高い。

 しかし、その仮定に意味はない。

 魔法使い(PG:女)の挑発に、魔法使い(PG:ベテラン)と魔法使い(PG:男)は反応してしまった。

 課長は聞こえないフリをして、おちょこを傾けている。


「協調性って重要ですよね?」

「・・・そうかも知れないな」

「そう・・・なのかな?」

「・・・・・(くいっ)」


 魔法使い(PG:女)の挑発は続く。

 だが、彼女はだからどうしろとは言っていない。

 ただ、世間一般で言われていることを言っているだけだ。

 そして、その言葉の元の持ち主である課長は、聞こえないフリをして、おちょこを傾けている。

 たぶん、そういう意味で言ったのでないと思うのだが、そのことに触れるつもりはないようだ。

 あるいは、盛り上がりに水を差すのも悪いと思っているのかも知れない。


「わかった、付き合うよ」

「できる範囲で付いて行ってみます」

「・・・・・(くいっ)」


 だから、ミスリードに誘われた。

 いや、正確にはミスリードですらない。

 あくまで勝負に付き合うと言い出したのは魔法使い(PG:ベテラン)と魔法使い(PG:男)であり、魔法使い(PG:女)は世間一般で言われていることを口にしただけという事実だ。

 彼女が引き出したのは、それだ。

 ちなみに課長は、聞こえないフリをして、おちょこを傾けている。


「じゃあ、注文しますね♪」

「おっと、私の分は要らないよ。悪いけど、明日用事があるから、これで帰るよ。あとは若い人たちで楽しんで」


 そう言って課長は戦略的撤退をおこなった。

 課長が飲んでいた徳利に、お酒は残っていなかった。

 無言でおちょこを傾けていたのは、このためか。

 あまりの手際良さに、便乗しそこねた。


「先輩もやりますよね~」

「あー・・・うん」


 だから、そう答えることしかできなかった。

 そして、戦いは始まった。


☆★☆★☆★☆★☆★


 序盤、魔法使い(PG:ベテラン)が意地を見せた。

 彼の前には5色の輝き。

 それにスピードも速い。


「どうだ」


 得意気に言い放つ。


「なかなかやりますね」


 それを見ても、魔法使い(PG:女)は余裕を崩さない。

 彼女の前には3色のきらめき。

 スピードは魔法使い(PG:ベテラン)よりも遅い。

 数、速度は負けているが、これは持久戦でもある。

 それが彼女の余裕の正体だろうか。

 その予想は数分後に肯定されることになる。


「・・・ちょっと、トイレに行ってくる」


 直前まで優勢を保っていた魔法使い(PG:ベテラン)だったが、急に顔を青くしたかと思うと、戦線を離脱した。

 おそらく、後方でダメージを吐き出すつもりなのだろう。

 だが、ダメージを吐き出したとしても、この戦闘中に復帰するのは難しいように見えた。


 次の犠牲者は魔法使い(PG:男)だ。

 彼の前には彼女と同じく3色のきらめき。

 スピードも魔法使い(PG:女)についていっていた。

 ほぼ、互角の戦いだ。

 だが、彼には持久力が無かった。


「ごめん、無理・・・」


 そう言うと、うつ伏せに倒れてしまった。

 魔法使い(PG:ベテラン)ほど、無様な負け方でないことが救いだろうか。

 限界を悟ったところは、潔いと言ってもいいかも知れない。


「お酒に強くないって言ってましたからね~」


 そう言う後輩の前には1色だけだ。

 彼女は魔法使いではない。

 もともと相手の得意分野で勝負する気はないようだ。


「彼女さんに迎えに来てもらいますか~」

「知ってるんだ?」

「同期ですよ」

「へぇ」


 30分後、迎えにきた女性に魔法使い(PG:男)は回収されていった。

 どこかで見かけたことはあるが、どこで見たかは思い出せない。

 ギルド(会社)だろうか。


『もう、あんまり飲ませないでよ』


 後輩と魔法使い(PG:女)が、そう文句を言われていたが、自分も申し訳ない気分になった。


「すいませーん、注文お願いします」


 違う。

 申し訳ないと思っているのは、自分だけだった。

 これは、後で説教だろうか。

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