第130話 酒に交われば(黄)

 一人が戦略的撤退をして、二人が戦線離脱した戦場。

 だが、戦いは続いていた。


 魔法使い(PG:女)の前には新たに置かれた3つのジョッキ。

 後輩の前には新たに置かれた3つの皿。

 二人は別の手段で対決している。


 というか、よく考えたら、いつから勝負になったのだろうか。

 別に勝負する必要は無い気がしてきた。

 止めるべきだろうか。


「サワーって特別好きってわけでもないんですけど、たまには飲み比べも楽しいですね」

「今日は食べ物も半額で嬉しいですね~」


 とはいえ二人は止める気はないようだ。

 もうしばらくは様子を見よう。


☆★☆★☆★☆★☆★


「ごめんなさい、限界です~。もう食べられません」


 とうとう後輩が根を上げた。

 当たり前だろう。

 それでも、すでに常人の数倍は超えている。


 ゴロン。


 勝手にこちらの足を枕にして寝転ぶ。

 食べ過ぎで寝転ぶのは、それは女性としてどうなんだ。

 後輩もしらふというわけではない。

 夢と現の境界を漂っている(酔っ払っている)のだろうか。


「さあ、あとは先輩さんだけですよ♪付き合ってくださいね」


 一人元気なのは、魔法使い(PG:女)だ。

 確かに度数は低めだが、それでもかなりの数を消費している。

 声は元気だが、目が閉じかかっている。

 仕方ない。

 最後まで付き合うか。


「これとこれとこれをお願いします」


 メニューを指さしながら、店員に注文する。


☆★☆★☆★☆★☆★


 そして、決着はあっけなくついた。

 次の3杯。

 それが限界だったようだ。


「先輩って、アルコール強いですね~」


 後輩が勝利を称えてくるが、それは少し違う。


「普通だと思うよ」


 真正面から戦うのが、常に正しいとは限らない。

 そういう意味で、後輩はいいところを行っていた。


「今日はソフトドリンクも1杯100円だから」

「ああ~、なるほど~」

「コストパフォーマンスは低いけどね」


 種明かしをしながら、最後の1杯を飲み干した。


☆★☆★☆★☆★☆★


 戦いは終わった。

 それはいいのだが、この状況はどうしよう。


「帰れると思う?」


 魔法使い(PG:女)を指さしながら、後輩に尋ねる。


「無理じゃないですか~?熟睡しているみたいですし~」

「だよな」


 これだけ熟睡していると、タクシーに乗せても、到着したときに起きる確証はない。

 ビジネスホテルに放り込んで、ほったらかしというわけにもいかないだろう。


「わたしの家に連れていきますよ~。よく遊びにくるからお泊りセットもありますし~」

「頼める?」

「任せてください~」


 すくっ・・・つるっ・・・ゴンッ!


「~~~~~っ!」


 立ち上がろうとして、ふらついて柱に頭をぶつける。

 ダメだ。

 後輩もそこそこ酔っているようだ。


 幸い後輩と自分の家は歩いて行ける距離だ。

 普段は路線が違うのだが仕方ない。

 自腹で付き添いをすることにした。

 黄信号は立ち止まって次の青信号を待つ主義だ。


☆★☆★☆★☆★☆★


 電車が空いているのは助かった。

 三人とも座れそうだ。


「よいしょっと~」


 そう言って、後輩が魔法使い(PG:女)の頭を、こちらの肩に乗せてくる。

 そして後輩自身は反対側に座る。


「えっと・・・なんでこの席順?」


 できれば、後輩には魔法使い(PG:女)の面倒を見て欲しいのだが。

 無闇に女性の身体に触るのは躊躇われる。


「両手に花ですよ~」


 勝者に送る花束のつもりだろうか。

 しばらくすると、後輩も頭をこちらの肩に乗せて寝息を立て始めた。


「まあ・・・別にいいけど」


 ずいぶんとアルコールの匂いがする花束だ。

 もっとも、自分も酔っているせいか、それはあまり気にならなかった。

 代わりに、周囲の目は気になった。

 両肩と頬に熱さを感じながら、電車に揺られて、時間が過ぎるのを待った。

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