第128話 酒に交われば(赤)

 死屍累々。


 まさに、その言葉が相応しい状況だった。


 最初に力尽きたのは魔法使い(PG:ベテラン)だ。

 クセがある人物とはいえ、彼とて歴戦の冒険者(サラリーマン)であることは間違いない。

 それが彼よりも若い相手に敗れた。

 冒険者(サラリーマン)が年功序列ではなく実力主義とはいえ、蓄積した経験というものは無視できない。

 それが覆された形だ。


 次に力尽きたのは魔法使い(PG:男)だ。

 若いといえど、彼とて冒険者(サラリーマン)である。

 日々、努力している姿も見ている。

 だが、敗れた。

 しかも、彼が破れた相手は、若さで言えば彼と同じくらい。

 これが才能の差とでもいうのだろうか。

 才能を努力が上回ることがあるのと同様、努力を才能が上回ることもあるとはいえ、実際に目にすると非情さを感じずにはいられない。


 この場に課長はいない。

 だが、逃げたわけではない。

 戦略的撤退だ。

 冒険者(サラリーマン)とて歳を取る。

 歳を重ねるごとに知能戦の実力が向上する反面、身体能力を使う戦闘能力が低下することは避けられない。

 だから、この場で唯一の勝者は課長かも知れない。


 『彼女』と決着がついていないのは、自分と後輩だけだ。

 今は後輩が相対している。

 先輩として褒めてやりたい。

 圧倒的な戦略差に引かずに戦うのは、生半可な胆力でできることではない。


「ごめんなさい、限界です~」


 だから、後輩が力尽きたことを責めはしない。

 後は自分が引き継ぐ。


「さあ、あとは先輩さんだけですよ♪」


 いつもと違う表情。

 勝利の快楽に酔ったかのような表情を見ながら、『彼女』と向かい合った。


☆★☆★☆★☆★☆★


 始まりは、どこにでもあるような一言だった。


「そう言えば、会社の近くに新しい居酒屋ができていましたね」


 ギルド(会社)でクエスト(お仕事)中、ふとしたタイミングで、魔法使い(PG:女)がそんなことを言い出した。


「わたしも見ました~。今日オープンって書いてありました~」


 後輩も知っているようだ。

 しかし、自分もほぼ同じ道を歩いているはずだが覚えがない。

 裏道にでもできたのだろうか。


「そういうときって、最初の一杯が100円とかのサービスしますよね」


 キラン!


 魔法使い(PG:男)が言った瞬間、どこかで何かが、きらめいた気がした。


「?」


 きょろきょろ。


 周囲を見回すが、先ほどのきらめきは見当たらない。

 気のせいだったろうか。

 蛍光灯でも切れかかっているのかも知れない。


「それなら、定時後にみんなで飲みにいくかい?最初の一杯分くらいならおごるよ」


 キラン!


「?」


 再び、何かが、きらめいた気がする。

 だが、天井を見回すが、蛍光灯が切れている様子はない


「今日中に終わらせたい仕事があるので・・・」

「コミュニケーションは大切だよ」


 魔法使い(PG:ベテラン)が言いかけた言葉を課長が遮る。

 魔人(マゾい人)を見逃す課長ではない。


「一人で残業しなくちゃいけないくらい作業量が偏っているなら、分担を見直すけど」

「いえ、大丈夫です。やっぱり、行きます」


 魔人は、一時の快楽とその後の快楽を天秤にかけて、後者を取ったようだ。


「先輩は行けますか~?」


 天井を見ている間に、自分だけ回答が遅れてしまったようだ。


「あ、うん、もちろん行けるよ」


 このときの自分は、深く考えもせずに、そう答えてしまった。

 この後に待ち構えている凄惨な光景を知りもせずに。


☆★☆★☆★☆★☆★


『ご馳走になります(~)』


 まずは、最初の一杯が届けられた。

 奢られている側の全員で、課長にお礼を言う。


「いつも頑張ってもらっているからね。一杯だけなのは、お小遣い事情だから許して」


 そう言って笑いを取る。

 ここら辺は年の功だろうか。

 ただ、一杯奢ってもらうだけだと、失礼だとは思いつつもケチくさいと思ってしまう可能性があるが、そう言われると感謝するしかない。

 冒険者(サラリーマン)の懐事情が厳しいのは、いつの時代、どの世代も同じだ。

 そんなことに感心していると、視界の端に軽く手を上げる姿が移る。


「あ、注文お願いします」


 魔法使い(PG:女)が店員を呼んでいるところだった。

 彼女の前には空になったジョッキ。


「今日はサワーが何杯飲んでも1杯100円らしいですよ♪」


 空になったジョッキと交換で置かれる3杯のジョッキ。


「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・ペース・・・早くない?」


 誰もつっこまないので、仕方なく自分がつっこんだ。


「全種類制覇する意気込みです♪」


 返ってきたのは赤い顔に浮かんだ満面の笑顔だった。

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