第119話 いつもと違う、いつもの道のり

 冒険者(サラリーマン)の朝は早い。

 ときには日が昇る前にギルド(会社)へ向かうこともある。

 だが、強靭な精神を持つ冒険者(サラリーマン)は、なんなくこれをこなす。

 そして、今日も転移ポータル(駅)にやってきて、時間がくるのを待っている。


「・・・・・?」


 違和感を感じたのは、ふとした瞬間だった。

 いつもと同じ光景、いつもと同じ時間帯。

 なにも違いは無いはずだ。


 きょろきょろ。


 見回すが、なにかが変わっている様子はない。

 建物についている傷にも見覚えがある。


「?」


 危機感知能力は冒険者(サラリーマン)の必須スキルだ。

 モンスター(お客様)との戦闘(会議)において、注意力や観察力は一瞬の明暗を分ける。

 一流と自惚れるつもりはないが、自分もそれなりに経験を積んだ冒険者(サラリーマン)だ。

 だが、違和感は感じるものの、それがなにかを特定することができない。


「くっ!」


 沸き上がる焦燥感。

 なにかがマズイ。

 理由のわからない不安が心を埋め尽くす。

 まるで見えない場所から精神攻撃を受けているかのようだ。


「なんだ?なにが起こっているんだ?」


 何度も周囲を見回す。

 だが、見えている光景に変化はない。


 プルルルルッ!


「(ビクッ!)」


 突如鳴り響いた悲鳴のような音に、身体が震える。


 ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・キィーーー・・・ぷしゅ。


「ふぅ」


 硬直した身体から力を抜く。

 どうやら、知らないうちに時間になっていたようだ。

 転移ポータル(電車)に乗り込む。


☆★☆★☆★☆★☆★


 ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・


 転移ポータル(駅)は遠ざかった。

 だが、違和感は続いている。

 いつもと同じ光景、いつもと同じ時間帯。

 席の座り心地も変わらない。

 そのはずだ。


 ガタンゴトン・・・ガタンゴトン・・・


 それなのに、なにかが違う。


「・・・・・」


 いつもは目を閉じ、クエスト(お仕事)が始まるまでの、しばしの静寂に心を落ち着ける場面だ。

 足りない睡眠を補うこともある。

 しかし、今日はそんな気分にはなれなかった。

 この違和感が解決しなければ、安らぎが訪れることはない。

 そんな気がした。


☆★☆★☆★☆★☆★


「あっ!」


 それは、いくつかの転移ポータル(駅)を通過した頃、突如脳裏を照らした。

 思わず声を上げてしまった自分を、周囲の人間が訝しげに見る。


「すみません」


 誰にともなく、小さな声でなんでもないことを伝える。

 数秒後。

 自分に向けられた視線は、他へと逸れていった。


「(そうか)」


 ようやく違和感の理由が解った。

 人の数だ。

 平日よりは少なく、休日よりは多い。

 正確に数えたわけではないが、体感的に分かる。

 普段はありえない感覚が、違和感という形で無意識の部分を刺激したのだろう。

 そして、それに思い当たったとき、同時に原因も分かった。


 ブルーマンデー(青い月曜日)。


 世界中に降り注ぐ精神攻撃だ。

 歴戦の冒険者(サラリーマン)ですら、抵抗に失敗することがあるという。

 これに精神支配されると、回復に数日はかかる。

 それどころか、前日まで健康だった人間が、突然体調に異変(怠いんで今日は休みます)を訴えることすらある。


 しかも、この攻撃を物理的に回避する手段はない。

 無慈悲に、平等に、全ての人類に攻撃(月曜日)は訪れる。

 手段は1つ。

 精神を強く保つことだ。

 苦痛に耐えたものだけが、前に進むことができる。


 しかし、敵もそのことは承知している。

 人類の気が緩みやすい長期休暇が終わるタイミングを見計らったように、攻撃の威力が増すのだ。

 フライデー・ザ・サーティーン(13日の金曜日)に匹敵する、世界規模の精神攻撃と言っていいだろう。


「(すっきりした)」


 なにはともあれ、これで違和感は解消された。

 いつものペースを取り戻すべく、目を閉じる。

 睡眠は充分だが、朝から妙に疲れた。

 少しでも精神力を回復したい。


「ご乗車ありがとうございました。まもなく終点です」

「・・・・・」


 パチッ。


 目を開く。

 閉じていた時間は、ほぼ瞬きと変わらない。

 違和感は解消されたが、なんだか損をした気分だ。

 これも、ブルーマンデー(青い月曜日)の影響か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る