第118話 目に見えぬ鎖

 ギシッ・・・


 微かな物音に眠りが浅くなる。

 カーテンに隠された窓から僅かに見える外の景色は、まだ真夜中であることを教えてくれる。


「・・・・・」


 それ以降、物音は聞こえない。

 他の人間が侵入したということはなさそうだ。

 寝返りを打った際に、自分で立ててしまった音なのだろう。


 ふぅ・・・


 深く息を吐く。

 他の人間が侵入することなどまずないとはいえ、可能性はゼロではない。

 ほんの僅かな緊張感を、息とともに吐きだす。


「・・・・・」


 このまま思考を続ける、または、身体を起こせば、次第に意識は覚醒していくだろう。

 だが、まだ夜は深い。

 いったん、覚醒してしまえば、再び眠りにつくには時間がかかるだろう。


 ギシッ・・・


 無理のない体勢にするために最小限の動きで寝がえりを打つ。

 時間を確認するために時計を見ることもしない。

 目に光が入ってしまえば、浅い眠りは一気に干上がり、目が覚めてしまうからだ。


 ふっ・・・


 自分が深い眠りの沼に沈んでいくのが分かる。

 普段は意識しない、意識が遠くなる感覚を感じる。


 Zzz・・・


☆★☆★☆★☆★☆★


 ぱちっ。


 無理やり押さえつけた発砲スチロールの船が浮かび上がるように、深いところから一気に意識が浮上する。


「???」


 なにが起こったか分からない。

 物音を聞いた覚えはない。

 目覚ましがなった様子もない。

 外はまだ暗いようだ。

 朝日に目覚めたというわけでもないだろう。


 ぐぐっ・・・


 身体を起こそうとする。

 だが、重りを載せられたように身体が動かない。

 いや、微かに身体は動くのだ。

 寝返りを打つことはできる。

 しかし、意識が分離してしまったかのように、身体を起こそうという気力が沸き上がらない。


「・・・・・?」


 昨日は早く寝た。

 睡眠は充分のはずだ。

 現に身体に疲れは残っていない。


 ごろん。


 逆方向に寝がえりを打つ。

 部屋に変わった様子は見えない。

 ガスが漏れているということもないだろう。

 枕元に置いていたスマートフォンを手元に引き寄せる。


 4:35


 夜明けまだはもうしばしの余裕があるが、眠るには中途半端は時間だ。


「・・・・・」


 起きようとするが、やはり身体が動かない。

 まるで手足を見えない鎖で縛られ、大の字に寝かされているかのようだ。

 多少、身体を動かすことはできるが、自由は許されない。

 そんな感覚だ。


 眠りに入る努力は放棄する。

 このままではいけない。

 意識まで縛られてしまっては、二度と起き上がれなくなる気がする。


 ぎりっ。


 歯を食いしばって、なんとか上半身を起こす。

 意識ははっきりしているのに、どこか頭の動きが鈍い。

 麻酔でもかけられているようだ。

 やはり夜中に侵入者はいたのかも知れない。

 ゴーストが金縛りをかけていった可能性がある。


「・・・・・」


 そんな妄想を振り払い、再び倒れ込みそうになるのを耐える。

 束縛を断ち切るように、ゆっくりと気力を溜めていく。


「・・・はぁ」


 下半身に力を入れて立ち上がる。


 ぎしり・・・ぎしり・・・


 錆びたように軋む身体を引きずって歩き出す。


☆★☆★☆★☆★☆★


 ごくん。


「ふぅ」


 ペットボトルのお茶を飲み干して一息つく。


「ゴールデンウィークも終わりか」


 今日から再びクエスト(お仕事)だ。

 気が重い。

 身体まで重くなったようだ。


「昨日は早く寝たからなぁ」


 そのせいで、こんなに早く目が覚めてしまった。

 睡眠は充分だが、なんとなく損をした気分になる。

 ぎりぎりまでゴールデンウィーク気分を味わいたかった。

 最終日に寝て目覚めるまでがゴールデンウィークだ。


「さて、夏休みまで頑張るかな」

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