第114話 狭き門

「相談に乗って欲しいことがあるんだけど」


 その相手からされるには珍しい話題が持ちかけられた。


「どんな?」


 断るつもりはないが、なんの捻りのなく、そう尋ねる。


「人生に関わること」


 そう言われては、真面目に聞くしかない。


「いいよ」


 もともと断るつもりはない。

 心構えのために質問しただけだ。


「ありがとう。それで、これなんだけど」


 そう言うと、彼女は一枚の紙切れを差し出してきた。

 封筒に入っているだけでもない。

 見てもよいという意味だと受け取って、ざっと目を通す。


「・・・・・」

「どう思う?」


 なんとも答えに困る問いだ。

 良し悪しを聞かれているわけではないだろう。


 ちらり。


 彼女の表情を見るが、真意は読み取れない。

 ふざけているのかとも思ったが、人生に関わるという意味では、間違いではない。

 真面目に考えた方がいいだろう。


「そうだな・・・」


 慎重になりながら、口を開く。


「・・・ニートって職業だっけ?」


 その神には進路調査と書かれていた


☆★☆★☆★☆★☆★


 プチデビル(女子高生)から渡されて紙を見たときは冗談かと思った。

 だが、従妹の人生に関わることだ。

 真剣に応えた方がいいだろう。

 年頃だから色々と悩みも多いのかも知れない。


「職業ではないかも知れないけど、進路という意味では間違ってないんじゃない?」

「むぅ・・・そう・・・なのか?」


 確か定義は『就学・就労・職業訓練のどれにも当てはまらない状態』だったろうか。

 まあ、自信を持って違うとも言いづらいか。


「じゃあ、まあ、真面目に意見を言うとだな」


 希望と言うからには、気になるのは、なるための難易度と、なった後の難易度だろうか。

 紙には3つ、希望の進路が書かれていた。


 1.大学進学

 2.フリーター

 3.ニート


 就職ではなくフリーターと書かれているのは、特定の職種には就かないというこだわりだろうか。

 そして、家事手伝いではなくニートと書かれているのは、家事すらするつもりが無いという意思表示だろうか。

 正直、意味が分からないが、若者を導くのも年長者の役目だ。


「なるのが難しい順のは、大学進学、フリーター、ニートの順かな」

「ふむふむ。まあ、そうだろうね」


 希望順だから、難しい順番に書かれているという点とも一致している。

 だが、これを聞きたいわけではないだろう。

 問題は次だ。


「なった後に大変なのは、ニート、フリーター、大学進学かな」

「大変じゃない順?」

「いや、大変な順」

「あれ、意外」


 プチデビル(女子高生)が予想外という顔をして先を促してくる。


「まず、大学だが、興味のあることを学ぶという意味では、それほど苦痛にはならない」

「でも、勉強が嫌いって人もいるんじゃない?とりあえず、大学くらい出ておこうって人とか」

「なら、受講さえしていれば単位をくれる科目だけ取ればいい」


 授業料を捨てるような所業だが、まあ価値観は人それぞれだ。


「次にフリーターだが、様々な職種をこなすために、一般の会社員よりも広いスキルが求められる」

「でも、コンビニのレジ打ちとか、あまりスキルが関係ないアルバイトもあるでしょ?」


 その意見を聞いて、思わずため息が漏れる。

 これだから、最近の若者は。


「あのな・・・それは昔の話だ。最近のコンビニ店員はエリートなんだぞ」

「エリート?」

「ああ。コンビニって便利だろ?」

「そうだね」

「昔みたいに、ただ並べられている商品を売っているだけじゃない。数えきれないくらい多くのサービスや、利用している人がいるのかってくらいマイナーなサービスまで、店員は全てを把握しなくちゃいけないんだ。大学の授業なんかとは比べ物にならない知識量を求められる」

「それは大変そうだねぇ」


 思い当たることがあるのか、反論はしてこなかった。

 最近のコンビニで店員としてやっていけるスキルがあるなら、人生は安泰だろう。


「最後にニートだが、これは最も狭き門だ」

「働きもせずに、親のお金で生活するダメな人じゃないの?」

「それは三流・・・いや、四流のニートだ」


 ニートのことを、なにも分かっちゃいない。

 真のニートは、親のお金などに頼らない。


「先祖からの資産を使って働かずに生活する人。これが三流のニートだ」

「いるだろうね、そういう人」


 だが、これは本人の力じゃない。


「宝くじで大金を手に入れて働かずに生活する人。これが二流のニートだ」

「1千万じゃ無理だよね。1億くらいあれば可能かな」


 これはある意味、本人の力だ。


「一流のニートは働かずに金を稼ぐ・・・資産運用とか、なにかの大会で賞金を稼ぐとか、趣味で作ったものが芸術品として売れるとか」

「それもう働いているって言わない?」

「言わない。なぜなら就学も就労も職業訓練もしていないから」


 国家機関がニート対策を検討したことがあるそうだが、とんだ的外れだ。

 真のニートは、一般の社会人などより、遥かに高みにいる。

 一流のアスリートやアーティストと同じだ。


「そんなわけで、反対はしないけど、かなり難易度の高い進路を希望しているな、とは思う。特に2番目と3番目は、もう少し範囲を絞った方がいいだろう」

「あー・・・一応、真面目に相談に乗ってくれてたんだ?」

「一応とは失礼な」


 従妹が露頭に迷わないように真剣に考えたというのに。


「ありがと♪じゃあ、そう伝えておくね」

「ん?」


 伝えておく?誰に?


「友達の進路希望を見せてもらったんだけど、さすがに止めた方がいいと思って。なんて説得しようか相談したかったんだ」

「・・・・・」


 そういえば、本人の進路希望とは言っていなかったな。

 それ以外には取れない状況ではあったが。


「ちなみに、わたしの進路希望は、これ♪」


 紙には、こう書かれていた。


 1.A大学

 2.B大学

 3.お嫁さん


 ・・・・・突っ込まないからな?

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