第113話 季節を巡る

 科学の進歩。

 それは人類に恩恵をもたらしたが、一方で弊害をもたらした。

 だが、多くの人間は、その弊害に気づかない。

 じわじわと真綿で首を絞めるかの如く。

 恩恵という膜でくるんだ弊害は、ゆっくりと染み込みながら、人類に広がっていった。


「桜はすっかり散っちゃいましたね~」


 温度。

 湿度。

 光度。


 住居の中だけでなく、移動手段においても、それは調整され、管理されている。

 そして、それは人間だけに限らない。

 植物ですらも、その支配下に置かれる。


 東西南北。

 

 本来、地球という惑星の各地で、縄張りで棲み分けて繁栄していたはずの植物たち。

 しかし、今はそれらを一箇所で同時に栽培することすら可能になった。

 そして、植物には食物も含まれる。


「もう春も終わりですかね~」


 工場で育てられる食物たち。

 一度も太陽の光を浴びることなく、人間の口に運ばれることすらある。

 かつて、特定の季節でしか育てることが叶わなかった食物が、季節に関係なく育てることが可能になった。


「そういえば、この時期の旬の食べ物って、なんですかね~」


☆★☆★☆★☆★☆★


「それは、春って意味?初夏って意味?」


 後輩の雑談に応える。

 クエスト(お仕事)に関係ないように思えて、実は関係がある。

 冒険者(サラリーマン)にとって、季節の話題は重要だ。

 モンスター(お客様)との戦闘(会話)において、重要な要素になる。


「両方です~」


 クエスト(お仕事)に支障がない程度であれば、話に付き合うのもいいだろう。


「春と言えば山菜だろう。タラの芽とか」


 その証拠にパーティーのリーダーである課長が乗ってきた。


「タケノコもいいな」


 課長が挙げたものは代表的な食材だ。

 誰もが春と言われて思い浮かべるだろう。


「春から初夏なら、アスパラガスも美味しいですよね」


 魔法使い(PG:男)が続く。

 これも多くの人間が好きな食材だろう。

 茹でてマヨネーズで。

 フライにしてソースで。

 採りたてを生とか、シンプルに塩とか、そういう繊細な食べ方ではなく、濃い味でいきたい。

 個人の好みだろうが、マヨネーズとの相性のよさを捨てて塩で食べるとか、もったいない気がする。


「春ならソラマメ、夏ならエダマメですね」


 次は魔法使い(PG:女)だ。

 彼女の言葉には、前に『ビールに合わせるなら』と続きそうな気がする。

 その黄金の組み合わせに異論はないが。


「でもさ、その辺りって年中食べられるよな。今時、旬の食べ物なんてないんじゃないのか?」


 魔法使い(PG:ベテラン)が、空気を読まずに盛り下げるようなことを言う。

 だが、悔しいことに正論だ。

 運送、栽培、保存の技術が発達した影響で、最近は野菜で旬を感じることは難しくなってきている。

 ほとんどの野菜は、あくまで気分を味わうだけだ。

 旬の時期でないと食べられない野菜は少なくなってきている。

 いずれ、旬という概念自体が無くなるかも知れない。


 しかし、ここは負けるわけにはいかない。

 冒険者はどんな戦いでも諦めない。


「食材でなくていいなら、夏なら冷やし中華、冬ならおでんとかありますね」


 どうだ!


 表情に出すことはない。

 だが、そんな意気込みで挙げる。


「最近は冷やしおでんとかあるし、冷やし中華も冬にコンビニで売っているのを見たことがある」


 ぎゃふん!


 撃沈した。

 他になにかないか。

 必死に思考を巡らせる。

 だが、なかなか論破できそうなものを思いつくことができない。

 焦りに思考が空回りする。


「春ならてりたまバーガー、秋なら月見バーガーとかありますね~」


 そこへ援護を出したのは後輩だ。

 だが、それは・・・


「む!それは確かに季節にならないと食べることができない。旬の食べ物かも」


 旬の食材を使っていない。

 と思ったのだが、魔法使い(PG:ベテラン)の琴線には触れたようだ。

 なんとなく納得いかない。


 今は旬でさえも、企業に支配される時代か。


 黄昏を感じながらクエスト(お仕事)に戻った。

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