第108話 呪符
日々、モンスター(お客様)と戦う冒険者(サラリーマン)。
しかし、いくら強靭な冒険者といえど、一人で戦い抜くことはできない。
仲間の力が必要だ。
ゆえに、日頃から仲間と友好な関係を築くのも、冒険者に必要とされるスキルとなる、
「SEメンバーとPGメンバーの懇親会をしよう」
課長の言葉に思考が疑問で埋め尽くされる。
「必要ですか?いえ、飲み会が不要という意味ではなくて、充分に親しい関係だと思いますけど」
魔法使いたちとは長く同じクエスト(プロジェクト)に関わっている。
いまさらという感じがする。
「異動じゃないから、歓迎会というのも名称がおかしいと思ってね」
「まあ、それは納得ですけど」
もう、普通に飲み会でいいんじゃないだろうか。
「なにを言うんだ。懇親会だから仕事上、必要っぽいんじゃないか。飲み会というと仕事と関係なさそうだろう?」
「ええ、まあ。でも、仲間内で飲み会でもいいと思いますけど」
別にそういう理由でクエスト(お仕事)を早く切り上げたからといって、責められはしないだろう。
「それだと説明が大変なのだよ」
「なんの説明ですか?」
ギルド(会社)にそんな申請は必要ないと思うが。
「・・・小遣いの交渉・・・」
「失礼しました」
妻や子を持つ冒険者は大変だ。
☆★☆★☆★☆★☆★
「というわけで、集金しますので、よろしくお願いします」
6人なら店を予約するのも簡単だ。
大量に飲みそうなメンバーもいるので、飲み放題付きのコースにした。
「一人、四千円です」
「はい、どうぞ~」
後輩が千円札4枚を渡してくる。
ぴったりは助かる。
「お釣りはあるかい?」
「えーっと・・・後でまた来ます」
一万円札だとお釣りが払えるだけの紙幣がない。
課長は後回しだ。
「すみません。お釣りはありますか?」
先ほどのやりとりを見ていたのか、魔法使い(PG:女)が申し訳なさそうに五千円札を出してくる。
これなら払える。
「あるよ。はい、どうぞ」
五千円札を受け取って、千円札1枚を渡す。
これで課長にお釣りは払えるが、他にもお釣りを必要とする人間が現れるかも知れない。
まずは、一通り回ろう。
「あの、これでもいいですか?」
「うん、まあ、ぴったりだしね」
魔法使い(PG:男)が五百円硬貨8枚を渡してくる。
お釣りが必要ないという点では助かるのだが、重くかさばる点は嬉しくない。
しかし、それよりも、これほどの枚数を持っていた方が気になる。
普通は財布にあったとしても、1枚か2枚だろう。
「五百円玉貯金をしているので」
「じゃあ、これは持っておいた方がいいんじゃないの?」
「手持ちは一万円札しかなくて」
ちょうどの金額を払おうと、気を使ってくれたらしい。
気の使い方が微妙な気もするが、素直に受け取っておこう。
「これで」
「?・・・こ、これは!」
魔法使い(PG:ベテラン)から手渡されたソレを見たとき、一瞬、なにか分からなかった。
絵葉書?
切手?
もしかして、海外の紙幣?
漢字が書かれているから中国あたりか?
そんな思考が駆け巡った。
だが、脳内の片隅の残っていた記憶が、かろうじて答えを導き出した。
呪符(二千円札紙幣)だ。
かつて日本を大混乱に陥れた、呪われた札。
西暦2000年を記念して発行されたとも言われている。
だが、そんな馬鹿馬鹿しい理由であるはずがない。
最初、人々はこぞってソレを手に入れたがった。
しかし、それの正体が判るにつれ、社会は阿鼻叫喚に包まれた。
ソレを入れると自動販売機が誤作動を起こす。
ソレを貯金しようとするとATMが受け付けない。
ソレを渡そうとするとレジで嫌な顔をされる。
まさに呪いだ。
一説によると、陰陽師が使う呪符を基に作られたとも言われ、日本を裏から支配しようと企む組織の力が働いたらしい。
人々の努力により、ようやく呪いが沈静化してきたと思ったところで、まさか目にするとは思わなかった。
「ちょうだいいたします」
二重敬語を使いながら、両手の指先でソレを受け取る。
少しでも呪いから逃れるためだ。
「なんで、そんな名刺交換みたいに」
魔法使い(PG:ベテラン)がなにやら言っているが、まるで耳に入らない。
あとは一刻も早く、これを手放さなくては。
「課長、お釣りが準備できましたよ」
「ああ、ありがとう・・・・・嫌がらせ?」
「そんなことないですよ。集金したお金をATMで一万円札に変えてこようと思うのですが、硬貨や二千円札は受け付けないので」
「それなら、仕方がない・・・のか?」
「そうです。仕方がないのです」
課長は渋々ながらも、二千円札2枚と五百円硬貨4枚を受け取る。
ふぅ。
なんとか呪いを回避することができた。
「それでは、19時に開始なので、よろしくお願いします」
任務完了だ。
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