第99話 究極の選択

 今日は冒険者(サラリーマン)としての役割から解放され、あてもなくぶらついている。

 たまには、こういう日もいい。

 趣味のレトロゲームもいいが、春の陽気を感じたくなった。


 しかし、今は春の陽気とは関係のない、空調のきいたショッピングモールに来ている。

 田畑が残る地元ではあるが、自然が豊かな観光地というわけでもない。

 せっかく外出したのに、そのまま帰るのももったいない気がして、寄ってみたのだ。


 ふわっ・・・


 フードコートの横を通り抜けようとしたとき、鼻腔をくすぐる香りが漂ってきた。

 つい先日も嗅いだことのある香りだ。


「フードコートでカレーとか、チャレンジャーだな」


 他の店の匂いを打ち消しそうな気がするが、クレームは来ないのだろうか。

 競争相手が同じ場所に集合するフードコートにおいて、匂いは集客の重要な手段だ。

 だが、出る杭は打たれる。

 やり過ぎれば敵意を集め、排除される。

 バトル・ロワイアルと同じだ。


 カレーはスパイスの香りが魅力だが、他の料理と比較して強すぎる。

 それが強みであり、この場では弱点にもなりかねない。


「余計なお世話かな?」


 出店を許されているのだから、取り引きは成立しているのだろう。

 客には店側の事情など関係ない。

 ただ、恩恵を受けるだけだ。


 先日も食べたはずだが、香りのせいで気分はすっかりカレーだ。


「おそるべし、魔性の魅力」


 魅了の魔法にかかったように、気づいたときには注文していた。


 ぶらぶらと席を探す。

 少し早い時間帯なので席は空いてるが、食事は気に入った場所で取りたい。


「あれ、先輩じゃないですか~?」


 聞きなれてはいるが、この場で聞くとは予想していなかった声が聞こえてきた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「地元で会うのはお正月のとき以来ですね~」


 そう言えば、初売りのときに会っていた。

 よく考えたら、それほど予想外というわけでもなかった。


「相席してもいい?」

「どうぞ~♪」


 彼女の前には親子丼、自分の前にはカレーがある。


「先輩、カレーが好きですね~」

「そういうわけじゃないんだけど」


 カレーの具はチキンのようだ。

 スパイシーなカレーの場合は、牛や豚より鳥が合う気がする。

 悪くない選択だ。

 後は部位が気になる。

 こってり料理ならモモ、あっさり料理ならムネ、さっぱり料理ならササミ。

 これを間違うと、不協和音を起こす。


 じーっ。


 ふと見ると、後輩がこちらを見ていた。

 彼女の品も鳥、部位で味が変わる点も同様だ。

 なんとなく同じことを考えているような気がする。


「先輩は、おっぱいとふともも、どっちが好きですか~?」


 やはり、同じ・・・いや、なにか違った。


「・・・・・」

「先輩は、おっぱいとふともも、どっちが好きですか~?」


 聞こえなかったと思ったのか、同じことを言ってきた。


「・・・・・(たらり)」


 まだカレーは口にしていないというのに、汗が流れる。

 なんだろう。

 ひょっとして、後輩から攻撃を受けているのだろうか。

 精神攻撃(セクハラ)とか。


 怖くて周囲を見ることができない。

 だが、冷静に対処しなければ。


「・・・どちらかというと、むね肉かな」


 彼女の言いたいことは分かっている。

 素早く答えを返し、話題を終了させるのが、正解のはずだ。


「そうですか~、先輩はおっぱいが好きですか~」

「・・・・・」


 ダメだ。

 もはや視線を、左右はおろか、前方の離れた場所に移すことすら躊躇われる。

 耳も塞ぎたい。

 身体が石化したように動かない。


「・・・そうですか、先輩さんは胸が好きですか・・・」


★バックアタック!見習い魔法使い(プログラマー:女性)が氷結の魔法を唱えた★


 ギギギッ・・・


 凍った身体を無理やり振り向かせる。


「・・・違うからね?」

「わかっていますよ?」


 むしゃり。


 骨付き肉を喰いちぎりながら、彼女が答える。


「わたしは、ふとももが好きですけど」


 本当に分かっているのだろうか。

 凍えた身体では、それを問うことはできなかった。

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