第92話 蛇

 すっかり歩き慣れた地下迷宮(地下街)。

 その全貌を把握したわけではないが、ギルド(会社)への行き帰りに通っている道なら、迷うことはない。

 どこにどんなモンスターが出没するかも分かる。


 だが、モンスターとて生物だ。

 ある程度、生態が判明しているとはいえ、100%行動を予測できるわけではない。

 気まぐれにより行動は変化する。

 そして、よく出会うモンスターもいれば、滅多に出会わないモンスターもいる。


 今日遭遇したのは、たまにしか遭遇しないが、遭遇するのは決まって同じ場所という、モンスターだ。

 そいつは道を塞ぐような巨体をしていた。

 とはいえ天井の高さに制限のある地下迷宮だ。

 単純に身体が大きいというわけではない。

 長いのだ。

 長い身体を地面に横たわらせている。


★大蛇(長蛇の列)×1が現れた★


☆★☆★☆★☆★☆★


 自分とて戦い慣れた冒険者(サラリーマン)だ。

 そこらへんにいる雑魚モンスターに遅れを取るつもりはない。

 しかし、こいつは別格だ。

 油断していると、呑み込まれそうになる。

 実際、目を凝らすと、哀れにも呑み込まれてしまった冒険者(サラリーマン)の姿が見える。


 こいつは、曲がり角でこちらを待ち受ける。

 今日も、まさに出会い頭といったタイミングで遭遇した。

 いつもなら直線に進める道を、大きく迂回しないと通り抜けることができそうにない。


 気になるのは、大蛇の頭(先頭)になにがあるかだ。

 こいつは最初は小さな身体をしている。

 しかし、頭の種類によっては、見る間に人を呑み込み、巨大になる。

 ときに、急激に大きくなり過ぎて、制御が利かなくなることすらある。

 そしたら、待ち受けるのは暴動だ。


 巻き込まれないようにするには、完全に無視するか、あるいは正体を確認した上で回避するかだ。

 だが、自信がないなら完全に無視する方がいい。

 なぜなら、蛇は誘惑してくるからだ。

 かつて、楽園で暮らしていたアダムとイブに禁断の果実を食べさせ、楽園を追放されるきっかけとなった蛇。

 油断はできない。


 ちらっ。


 意外と頭は小さい。

 こんな巨体になるからには、どんなに大きな頭かと思ったが、予想外だ。

 だが、やはりと言うべきか、人を誘惑する力を持っているようだ。


『高い当選率!昨年も大当たりがでました!』

『販売終了間近!今がチャンス!』


 思わず、引きずり込まれそうになる。

 意識を強く持たなければ。

 人を惑わし捉える蛇眼。

 石化はしないが、まるでメデューサの眼のようだ。


「最後尾はこちらです。どうぞお並びください」


 周囲では、大蛇の眷属と思しき人間が、犠牲者を捕獲している。


 さっ。


 それを回避しながら、迂回行動に移る。

 ここは危険だ。

 安全地帯に避難しなければ。


「今週末までの販売です!今がチャンスですよ!」


 こちらを惑わす声が聞こえてくる。

 だが、騙されたりしない。


「(大嘘つきが!)」


 それが虚言であることは知っている。

 宝くじに当選する確率など、事故にあう確率より低い。


「(いや、嘘つき呼ばわりはよくないか)」


 思い直す。

 確率の数字を聞いて、どこから高確率と思うかは、人それぞれだろう。

 1%未満の確率を高確率と感じる人がいるならば、嘘ではないのだろう。


 事実、数字の低さを知っている人間は多いはずだ。

 それでも、これだけの人間が呑み込まれている。

 なにかしらの魅力があるのだろう。

 自分には、さっぱり分からないが。


『宝くじは夢を買う』


 一昔前によく聞いた売り文句だ。

 しかし、それを聞くたびに思う。


「(夢を金で買う時代・・・か)」


 買わせるためのプロパガンダということは分かっている。

 だが、それに乗る人間は多い。

 結局は、騙されていると分かっていても、幸福感を味わいたいのだ。

 当選番号が発表されるまでの短い期間だろうと、希望を持つだけで幸せなのだろう。

 例え、その後には何も残らない、幻の幸せだとしても。


「(夢も幸せも金しだい・・・世知辛い世の中だ)」


 なんとか大蛇の誘惑を回避した後、そんなことを考えながら帰宅の途についた。

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