第59話 真実

 休息は終わり、今日から冒険者(サラリーマン)のクエスト(お仕事)が再開される。


 しかし、中には今日はまだギルド(会社)に顔を出さない冒険者もいる。

 休みに入る前に届け出ていた冒険者はよいのだが、毎年のように年明けに体調を崩す冒険者もいる。

 まるで計画していたかのような行動パターンに疑問を感じるが、そこを指摘するほど野暮ではない。

 気持ちは分からないでもないのだ。

 ただ、なんとなく納得いかないだけで。


「あけましておめでとうございます~」


 後輩が元気に挨拶をしてくる。


「あけましておめでとう」


 年明けにプライベートであ会ってはいるのだが、ギルドで会うのは初めてだ。

 新年の挨拶を交わす。

 数日会わなかっただけなのだが、新鮮な気持ちになる。


 ちなみに、課長は体調を崩したとかで、当日に休暇を取った。


☆★☆★☆★☆★☆★


 新年には、ギルドマスター(社長)から挨拶がある。

 冒険者たちは、朝礼の形式で立ちながら話を聞いている。

 その状況で、おそらく、冒険者たちの心の中は1つのはずだ。


『話が長い』


 そして、面白くない。

 カタカナのビジネス用語と経営面の数字を多用して、まるで時間稼ぎをするように、ただ2つの内容を回りくどく話している。

 すなわち、


 昨年はこうだった。

 今年はそれを頑張りましょう。


 という2つだ。

 小学生の方が、概要を短くまとめるのではないかと思うほど、話が無駄に長い。

 細かい分析結果を語るなら、資料を準備してキックオフで話せばいいのに、新年の挨拶で何を狙っているのだろう。

 冒険者(社員)の反骨精神でも鍛えているつもりなのだろうか。

 生憎、早く終わらないかと聞き流しているだけなのだが。


「ふあっ・・・」


 隣で後輩が欠伸を堪えている。

 これが会議なら後で注意の1つでもするところだが、今は気持ちが分かるので、見なかったことにする。

 あいかわらず、ギルドマスターの話は続いている。


 ・・・・・


 しかし、いつも思うのだが、あのカタカナは何を意味しているのだろう。

 いや、意味は分かるのだ。

 だが、日本語に訳せるにも関わらず、なぜかカタカナのままにされている。

 日本語に訳すのなら日本語に、英語のままにするなら英語に、しっかりとどちらかの言語にしておくべきではないだろうか。

 さじがスプーンと呼ばれ方が変わったように、日本語化を狙っているのだろうか。


 例えば『コンプライアンス』。

 法令遵守と訳せるのだが、あえてカタカタのままにされている。

 確か、細かい違いがあるという理由だったが、その理由を聞いたとき、正直、たいした違いがあるようは思えなかった。

 単に、それを表す語彙力の無い人間が最初に言い出したことが、広まったままになってしまったのではないだろうか。

 それに、その単語が流行りはじめた当初、しばらく意味を知らなかった覚えがある。


 例えば『テンプラアンドライス』。

 発音のテンポが似ている。

 天丼の進化形だろうか。


 例えば『コンソメライス』。

 おいしそうな響きだ。

 バターライスの仲間だろうか。


 そんな程度だ。


☆★☆★☆★☆★☆★


「それでは、今年も一年頑張りましょう」


 ようやく話が終わった。

 30分くらい話していたのではないだろうか。

 よく話すネタが尽きないものだ。

 原稿を用意していたのだとすれば、かなりの枚数になるはずだ。


 ぱちぱちぱち。


 冒険者たちの疲れたような拍手が響く。

 それでもギルドマスターは満足そうだ。

 上に立つ者なら、もう少し下につく者たちの心の内を把握してもよさそうなものだが、全く気付いた様子はない。

 ギルドマスターが去ると、司会者が朝礼を閉めて、解散となった。


「長い話でしたけど、けっきょく何を言いたかったんでしょうか~。分かりませんでした~」


 後輩が問いかけるように話しかけてくる。

 なんて怖いもの知らずな。

 それを口に出すと、勉強不足だと馬鹿にされるか、話を聞いていなかったと怒られる可能性もあるというのに。

 しかし、先輩としては、我が身可愛さに逃げるわけにはいかない。

 後輩を正しく導くのも、先輩としての役目だ。


「プレゼンの見本を見せてくれていたんだよ」

「なるほど~・・・でも、プレゼンって限られた時間で簡潔に説明した方がいいんじゃありませんでしたっけ~?」


 その通りだ。

 長い時間を使って詳しく説明するなら、資料を渡して会議形式が基本だ。


「反面教師になってくれたんだよ」

「そうですか~、偉い人は大変ですね~」


 きっと、それが真実だ。

 そう思っておくのが、全員にとっての幸福だ。

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