第48話 シュレーディンガー

 シュレーディンガーのXX。

 量子力学の考え方である重ね合わせの原理を、生死によって観測する思考実験である。

 詳しい説明は省くが、これによると、生きている確率が50%、死んでいる確率が50%、という不思議な状態が成立する。


「おつかれさまです」


 12月24日。

 今年は土曜日だ。

 世の爆発物(カップル)たちも盛り上がることだろう。

 打ち上げ花火のごとく、空に上がって弾け散るがいい。


 そんな日に、自分はギルド(職場)にきていた。


☆★☆★☆★☆★☆★


 先日発生したモンスターの攻撃(仕様変更)による影響で、微妙に予定に間に合わなくなったらしい。

 日程を調整しようと提案したのだが、魔法使い(プログラマー)たちが休出して対応すると言い出した。

 彼らには彼らなりの矜持があるのだろう。

 間に合わない量が少しであることと、一度できると言ったからには間に合わせたいという気持ちは分かる。


 しかし、もともとモンスターの攻撃(仕様変更)を引き受けてきたのは自分だ。

 さすがに、その厚意に甘えるだけなのは、良心の呵責がある。

 結局、自分も付き合うことにした。

 魔法の構築(プログラミング)は彼らに任せるしかないが、できることはある。


「こっちは終わりました~」


 後輩と一緒にテストを手伝っていた。

 後輩を休出に付き合わせるつもりはなかったのだが、出るというのでお願いした。

 魔法使い(プログラマー)たちのためにも、早く終わらせられると助かるのは確かだった。


「意外と早く終わりましたね」


 時間は午後5時30分。

 平日なら定時だ。

 一番盛り上がる時間帯には、ギリギリ間に合ったというところだろうか。


「おつかれさまでした。でも、クリスマス・イブに大丈夫だったんですか?」


 しかし、悪い気がするのも確かだ。


「夕方から予定があるので、お先に失礼します」


 見習い魔法使い(プログラマー:男性)は、そう言って、そそくさと帰っていった。

 恋人に会いに行くのか、男友達とバカ騒ぎするのかは知らないが、楽しんで欲しいものだ。


「特に予定は無かったので大丈夫です」


 魔法使い(プログラマー:男性)は、ぶらぶらと寄り道をしながら帰ると言い残し、去って行った。


 ・・・・・


 よく考えると、手伝った量からすると、平日に少し無理して残業すれば、休出しなくても間に合った気がしなくもない。

 自分に予定がないから、部下を付き合わせたんじゃないだろうな。

 一瞬、そんな疑念が頭をよぎったが、振り払った。

 さすがに、それは邪推のしすぎだろう。

 失礼なことを考えてしまった。


「わたしも特に予定はないんですけど・・・せっかくだから飲みに行きませんか?」


 見習い魔法使い(プログラマー:女性)が、そんなことを言い出した。


「賛成~。せっかくだし、クリスマスの雰囲気を楽しみましょう~」


 後輩も予定はないようだ。


 くるり。


 後輩と見習い魔法使い(プログラマー:女性)の視線が、同時にこちらを向く。

 これは、こちらの予定を聞いているということだろうか。


「特に予定はないけど」

「決まりですね」

「明日も休みですし、今日はエンドレスです~」


 いや。

 軽く飲みに付き合うだけのつもりだったのだが。

 別にいいけど。


☆★☆★☆★☆★☆★


 空飛ぶ魔獣(トナカイの着ぐるみ)を従え、血の色をした衣を身にまとう魔人(サンタの衣装を来た人)が闊歩する街中を歩く。

 こいつらは、深夜に民家を襲撃して、気配をけしたまま痕跡(プレゼント)を残していく。

 凄腕の暗殺者のような存在だ。


 ・・・・・


 いつもは静かな道も、今日は喧騒にざわめいている。

 普段は薄暗い場所も、昼間のように煌々としている。

 深夜に向けて、まだまだ盛り上がりは上昇傾向のようだ。


「せっかくですし、クリスマスっぽいものを注文しましょうか」


 居酒屋に入って飲み物を注文した後、見習い魔法使い(プログラマー:女性)がそんなことを言い出した。


「クリスマスと言えば、何を思い浮かべる~?」


 後輩が乗っかった。


「チキンかな。子供の頃は、大きな照り焼きの鳥もも肉が楽しみだった」

「わたしは、ケーキですね。同じく子供の頃は、誕生日とクリスマスにケーキを食べるのが楽しみでした」

「わたしは~・・・クリスマスプレゼントかな~」


 ふむ。

 鶏肉を使ったメニューはあるだろう。

 ケーキもあるだろうが、これは最後かな。

 ここまではいいとして、後輩よ。

 食べ物の注文を話しているときに、その答えはどうなんだ。


 いや、待てよ。

 本人が具体的に選ばず、本人が喜ぶもの、という定義として考えれば、あながち間違いではないのか。

 意外と深い答えだったのかもしれない。


「ケーキは最後にしましょうか。チキンは・・・手羽先ですかね」


 若鳥の唐揚げという選択肢もあったと思うのだが。

 そういえば、見習い魔法使い(プログラマー:女性)はアルコールが好きな様子だった。

 おつまみに合うものを選んだのかも知れない。

 唐揚げも合わないわけではないが、スパイシーさなら手羽先が上だ。

 クリスマスっぽいかどうかは別として、悪い選択ではない。


「クリスマスプレゼントは・・・食べ物じゃないでしょ」


 やはり、そう考えたか。

 だが、その難問は先ほど解読済みだ。


「日替わりメニューとか、おすすめメニューなら、プレゼントっぽくないかな」

「なるほど~」


 どうやら、本人には、そこまでの意図はなかったようだ。

 こちらの提案に感心している。


「お刺身の盛り合わせ、店長の本日のオススメ、ですかね」


 日替わりで刺身の種類が変わる盛り合わせのようだ。

 みんなでつまむには良いかも知れない。

 あいかわらず、クリスマスっぽいかは微妙で、アルコールに合いそうな選択だが。


 店員に食べ物を注文し、しばし雑談を楽しむ。


☆★☆★☆★☆★☆★


「クリスマスのチキンが手羽先っていうのは、名古屋って感じがするよね」


 ふとした弾みで、そんなことを言ってみた。


「連想ゲームをしてみましょうか。チキン→手羽先。みたいな感じで」

「名古屋がクリスマスを日本に広めていたら、どうなっていたか~!」


 それは、ありえたかも知れない世界。

 そして、ありえるかも知れない世界。

 確率の世界。

 シュレーディンガーのクリスマスだ。


「チキンは・・・やっぱり手羽先かな」

「鳥にこだわらないで肉系の料理なら、どて煮とかもありますね。もちろん牛すじの」


 そこは、味噌カツでも良いのではないだろうか。

 どて煮より、クリスマスっぽい気がする。

 酒飲みの業だろうか。


「ケーキは・・・小倉トーストとか~?ホイップクリームがたっぷり乗ったものもありますし~」


 妥当かな。

 というより、デザート系の名古屋メシは、他に思い付かなかった。

 自分の好きなアレは、名古屋というより、その店の名物だしな。


「クリスマスツリーは・・・ミッドランドスクエアとか~?」


 高いというイメージから持ってきたのだろうが、クリスマスツリーっぽいだろうか。

 あの周辺はクリスマス頃にイルミネーションで飾られるから、強引に紐づけられなくもないか。


「サンタは・・・織田信長とか。おもてなし武将隊とかありますし、夢を配るって意味で、プレゼントを配るサンタと結びつけてみました」


 織田信長は岐阜県で熱狂的に愛されていると聞いたことがあるが、名古屋で話題にしていいのかな。

 ゆかりのある場所だし、いいことにしておこう。


「トナカイは・・・やっぱり、トヨタ車ですかね~」


 まあ、冒険者(サラリーマン)として、そこに逆らうつもりはない。

 逆らえば、この世界で生きていけない。


「クリスマスプレゼントは・・・ういろうとか?子供が好きそうな甘いお菓子で、配りやすそうという範囲で選んでみた」

「そういえば、駅の売店で名古屋嬢ってお土産を見つけました~」

「名古屋嬢をお土産って、ちょっと変なことを想像しちゃいますね」


 やっぱり、ういろうということで。


☆★☆★☆★☆★☆★


 そんなこんなで、名古屋のクリスマスは、こうなった。


 サンタ→織田信長

 トナカイ→トヨタ車

 クリスマスツリー→ミッドランドスクエア

 クリスマスプレゼント→ういろう、名古屋嬢(?)

 チキン→手羽先、どて煮、味噌カツ

 ケーキ→小倉トースト(ホイップクリームたっぷり)


 わりと盛り上がり、始発で帰った。

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