第47話 対消滅

 対消滅というものを知っているだろうか。

 物質と反物質が衝突すると、反応前の物質・反物質が完全になくなり、消滅した質量に相当するエネルギーが発生する現象のことである。

 そのエネルギーは膨大である。

 通常、これは大規模な施設を用いて発生させ、観測する。

 しかし、冒険者(サラリーマン)の世界では、身近に発生することがある。


「お待たせしました」


 白と黒の融合。

 熱気と冷気の競演。

 そして、それを彩る琥珀色の海と、紅い星。


 奇跡の象徴(看板メニューのデザート)が、店員の手によって届けられた。


☆★☆★☆★☆★☆★


 その館(喫茶店)は、創業者の家業にちなんで名づけられた。

 この地(名古屋)では知らないものはいない。

 たまに訪れたとき、自分は必ず、この品を注文する。


 とろり。


 白(ソフトクリーム)と黒(温かいデニッシュ)の境目で、さっそく対消滅が発生し始めた。

 対消滅により発生する膨大なエネルギー(おいしさ)の恩恵を受けるためには、タイミングを逃してはならない。

 タイミングを逃すと、すべては消えてなくなり、虚しさ(びちゃびちゃのデニッシュ)だけが残る。


 たらーっ。


 だが、焦ってはいけない。

 まずは、琥珀の海(シロップ)を山(ソフトクリーム)の頂から流し、川を造る。

 紅い星(さくらんぼ)は、横に避ける。

 これの出番は後だ。


 かちゃ・・・シュッ・・・ぷす・・・ペチ・・・ぱくっ


 一口目を口に運ぶ。

 ほわっとした温かさの後に、冷たさが染み込む。

 そして、喉に送る直前に、甘さが舌を撫でていく。

 幸福感が血液となって、全身を駆け巡るかのような感覚を覚える。


 食べ方は人それぞれだ。


 白(ソフトクリーム)の半分ほどを先にすくって食べる人もいる。

 黒(温かいデニッシュ)を湿らせるほど琥珀の海(シロップ)に浸す人もいる。

 はたまた、白(ソフトクリーム)と琥珀の海(シロップ)を混ぜてマーブル状にする人もいる。

 まれに、白(ソフトクリーム)が溶けたところへ、黒(温かいデニッシュ)を漬ける人もいる。


 しかし、自分は、それぞれの境界線を保ったままで、口の中で融合させるのが好きだ。

 異なる特徴の味わいが先にきて、反応しながら別の味わいを提供してくれる。

 そして、消滅するときに、多大な幸せを提供してくれる。

 まさに、対消滅により提供される莫大なエネルギーと言っていいだろう。


 二口、三口と食べ進める。

 しばらくは幸せが継続する。

 しかし、いくら奇跡の象徴(おいしいデザート)とは言え、繰り返しでは飽きがくる。

 そこで、紅い星(さくらんぼ)の出番だ。


 ぱくっ・・・もごもご・・・ぴゅ


 種類の違う果物の甘さが脳に刻まれた味をリセットしてくれる。

 種を皿の端におくと、ふたたび奇跡と向かい合う。


 かちゃ・・・シュッ・・・ぷす・・・ペチ・・・ぱくっ


 再開される。

 楽園の一コマ。

 だが、ゆっくりと滞在してはいられない。

 この奇跡が続いている(ソフトクリームが溶けない)うちに味わいつくさなければならない。

 いつまでも楽園にしがみつくものは、奇跡を取りこぼすし、楽園の残骸(びちゃびちゃのデニッシュ)に立ち尽くすことになる。


 ゆっくりと、すばやく。


 相反する動作を同時に行いながら、食べ進める。

 対消滅によりエネルギー(おいしさ)は、それにふさわしい手段で取り込む。

 それが、自然界の法則だ。


☆★☆★☆★☆★☆★


 ズズッ・・・


 コーヒーを飲んで、甘くなった口内を洗い流す。

 アレは大好きだが、いつまでも口の中が甘ったるいままでは、本末転倒だ。

 後味をすっきりさせてこそ、満足感が大きい。

 爽やかな苦みを楽しむ。

 その後、砂糖とミルクを足して、一息つく。


「それで、お兄ちゃん。クリスマスの予定は?」


 キラン!


 目の前に座ったプチデビル(女子高生)が問いかけてくる。

 彼女はクリームソーダを飲んでいる。

 その姿は長靴をはいた猫を連想させた。


「特にないけど」

「一緒に温泉にいった、お姉さんたちとの約束は?」

「だから、特にないって」

「・・・・・」


 はぁ・・・


 なんか溜息をつかれた。

 失礼な奴だ。

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