第46話 タキオン

 タキオン粒子というものを知っているだろうか。

 簡単に説明すると、光より速い粒子のことである。

 存在すれば、理論的に過去へ情報を送ることが可能とされている。

 しかし、残念ながら現在でも観測に成功した事例はない。

 ゆえに、世間ではSFの題材とされる程度である。


 しかし、冒険者(サラリーマン)の世界では違う。

 まれに、タキオン粒子が飛び交うことがある。

 情報が過去に戻るのだ。


☆★☆★☆★☆★☆★


 その日のクエスト(お客様との定例会)は衝撃の展開から始まった。


「依頼中の仕様変更の内容を、一部変更したいと考えています」


★魔術師(お客様)はタキオン粒子を放った★


「それは・・・現在、開発を進めている機能のことでしょうか?」

「そうです」


 まずい。

 これは慎重な対応を求められる。

 現在、攻略(開発)のスケジュールに遅れは無い。

 それどころか、前倒しで進めているくらい順調だ。

 しかし、今から変更となると、このことが逆に不利になる。


 モンスター(お客様)からすれば、変更により後戻りが発生するとしても、無駄になったコストはスケジュールの予定までのように見えるだろう。

 だが、実際には予定より早く進んでいる分、既にコストを使っているのだ。

 それが、無駄になることを、納得してもらわなければならない。

 幸い、進み具合はクエスト(お客様との定例会)で見せている。

 知らないとは言わせない。


 しかし、たちの悪いモンスター(お客様)だと、こちらが勝手に早く進めたのだから、こちらに損を押し付けてくることがある。

 それを避けるために、うまく立ち回る必要がある。


「今から変更となりますと、お渡しした進捗表の、この分だけ後戻りになってしまいますが」

「設計分だけですよね?」


 やっぱり、そうきたか。

 こちらが、現実(実績の部分)を指したのに対し、モンスター(お客様)は都合のよい方(予定の部分)を指した。

 くっ。

 白々しい。


「いえ、すでにコーディングの一部を進めておりますので、この分も後戻りになります」

「それは予定と異なるようですが?」


 そこを突いてきたか。

 だが、想定のうちだ。


「前倒しで進めていることは、定例会でご報告させていただいております」

「しかし、予定通りであれば、無駄な費用は発生しなかったのでは?」


 確かにその通りだろう。

 だが、それはモンスター(お客様)が、今の時期になって攻撃(仕様変更)してきたことが原因だ。

 引き下がるわけにはいかない。


「後工程で障害が発生するリスクを考慮し、前倒しで進める点は合意していただいております。工程の移行判定でも承認印をいただいております」

「・・・そうですか・・・」


 切り札のアイテム(お客様の承認印)が効いたようだ。

 しぶしぶ、モンスター(お客様)が引き下がった。

 だが、ここで攻撃しすぎるのも悪手だ。


「今から機能変更すると、操作可能なソフトができる時期が遅くなります。いっそ、機能追加にして、設定で切り替えることができるようにしてはいかがでしょうか?」

「なるほど・・・作りかけの機能も無駄にならず、最初の機能で操作可能なソフトは予定通りにできますね」

「はい。その後、ステップを踏んで、追加機能をリリースする進め方はいかがでしょうか?」


 これはコストが無駄にならないことに加え、こちらがもらう報酬の合計が増えることになる。

 モンスター(お客様)は、コストが増えるが、無駄が減る。

 こちらは、手間は増えるが、報酬も増える。

 痛み分け。

 いや。

 WIN-WINと言っていいのではないだろうか。


「わかりました。それでいきましょう」


 よし。

 予想外の攻撃(仕様変更依頼)だったが、なんとかタキオン粒子の効果(後戻り)を抑えることができた。

 あとは、ギルド(自社)に戻ってからの、魔法使い(プログラマー)たちとの調整だ。


「それでは、対応可能なスケジュールとお見積りは、今週中にご連絡します」


☆★☆★☆★☆★☆★


「というわけで、作業が増えて申し訳ありませんが、追加機能もお願いしたいと考えています」


 ギルド(自社)に着いたら、すぐに魔法使い(プログラマー)たちのもとへ向かった。


「しかし、すでに着手している分でメンバーが埋まっていて・・・」

「追加機能は元々の機能をリリースした後に、ステップを踏んでリリースするように調整しましたので、対応可能なスケジュールを教えてください」

「それなら、なんとか・・・わかりました。明日中にご連絡します」

「ありがとうございます」


 ふぅ。

 なんとかなりそうだ。


 世界中の科学者たちは、タキオン粒子を観測しようと苦労している。

 だが、冒険者(サラリーマン)は、その一歩先へ進んでいる。

 タキオン粒子(後戻り)を観測した上で、それを上手く避けることに苦労している。

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