第45話 ダークマター
「おはようございます~」
ダンジョン(客先)近くの喫茶店に入ると、先に後輩がいた。
考えることは同じということだろう。
せっかくなので、一緒のテーブルに座る。
「モーニングお願いします。ホットレモンティーで」
コーヒーを頼む人間が多いが、なんとなく紅茶が好きだった。
コーヒーはパンには合うが、ご飯には合わない。
しかし、紅茶はパンにもご飯にも合う。
だが、ミルクティーはご飯には微妙だ。
だから、レモンティーを注文した。
「トーストはどうしますか?」
おっと。
この店はトーストの種類も選べるようだ。
「何がありますか?」
「小倉、バター、ジャムから選べます」
ふむ。
後輩はホットコーヒーで小倉を食べているようだ。
苦みと甘味のバランスがよさそうだ。
しかし、自分は紅茶に砂糖を入れて甘くするつもりだ。
バターの塩味でバランスを取ろう。
「バタートーストでお願いします」
「しばらく、お待ちください」
注文を取った店員が姿を消す。
それを見届けてから、後輩が話しかけてくる。
「先輩はバタートーストなんですね~」
「ああ、紅茶に合わせた」
「そういえば、小倉トーストって~」
「ん?」
なんだろう。
なんだか、嫌な予感がする。
この入り方は、以前、プチデビル(女子高生)に罠にはめられたときを彷彿とさせる。
「ただの小倉と、小倉バターと、小倉マーガリンがあるじゃないですか~?どれが好きですか~?」
ほっ。
その選択なら大事にはならないだろう。
「小倉マーガリンかな。子供の頃って喫茶店とか入らなかったから、小倉って言うと、スーパーで売っていた小倉マーガリンしか食べたことなかった。その頃のイメージが強い」
「そうなんですか~。ところで~」
紅茶が届くまで、水で喉を潤す。
冬は乾燥していて、喉が渇く。
「小倉トーストって、なんで名古屋メシなんですかね~」
・・・ゴクン!
吹き出しそうになるのを堪えて、なんとか口に含んだ水を飲み干す。
時間差攻撃がきた。
なんで皆、タブーに触れたがるんだ。
「小豆って、北海道が生産量日本一ですよね~?そう考えると、北海道名物でも、おかしくないですよね~?」
だらだら。
嫌な汗が止まらない。
なんて怖ろしいことを言い出すんだ。
「不思議ですね~」
不思議なのは、その発言だ。
どれだけ危険な事を言っているのか、解っていないのだろうか。
この都市(名古屋)を歩けなくなるぞ。
止めなければ。
「お待たせしました」
ビクッ!
店員が紅茶とトーストを持ってきた。
「!」
テーブルに置かれた品を目にした瞬間、背筋が凍った。
「あれ~?先輩、バタートーストを頼んでましたよね~?」
「あ・・・ああ・・・」
「失礼しました。すぐに、お取替えします」
店員が一度テーブルに置いた小倉トーストの皿を引っ込めて去っていった。
一瞬目に入った小倉が、質量は持つが観測できない正体不明の物質、ダークマターのように見えた。
「・・・・・」
「おっちょこちょいな店員さんですね~」
違う。
あれは警告だ。
小倉トーストは、この都市のもの(名古屋メシ)だ、という。
そして、おまえは、なぜ、小倉トーストを頼まないのだ、という無言の非難だ。
「そうそう、さっきの続きですけど、実は北海道の人もトーストに餡子を塗って食べるんじゃないですかね~。産地ですし」
まだ、続ける気か!
急いで止めないとマズイ!
「お待たせしました」
ビクッ!
店員がバタートーストをテーブルに置く。
全く気配を感じなかった。
「ごゆっくり」
店員が足音も立てずに去っていく。
ダメだ。
とても、ゆっくりとなどしていられない。
もう、後輩を止めている余裕はない。
一刻も早く証拠を隠滅して、この店を去ろう。
☆★☆★☆★☆★☆★
「ありがとうございました」
会計を済ませ、逃げるように店を去る。
「食べるの早かったですね~。朝ご飯、抜いてきたんですか~?」
後輩が呑気に言ってくる。
彼女は、この都市(名古屋)の闇を知らないようだ。
街中を歩けなくなる前に、早めに教えておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます