第11話 黒い悪魔

「キャ!」


 ギルド(自社)の休憩室でコーヒーを飲み終わり、戻ろうとしたところで、女性の悲鳴が聞こえた。


「どうしました?」


 給茶室を覗いてみると、お湯を沸かしていたらしい女性が部屋の隅を凝視している。


「あ、あれが・・・」

「!」


★黒い悪魔(G)×1が現れた★


 やっかいな奴に遭遇してしまったようだ。

 奴らは通常のモンスターとは異なり、屋外で見かけることは少ない。

 人間社会に紛れ、闇に潜み、人心を惑わす。

 まさに、悪魔と呼ぶにふさわしい存在だ。


 ピタリ。


 ぴくりとも動かないが、死んでいるわけではない。

 力を溜めているのだ。

 その身体は小さいが、恐ろしい能力を秘めている。

 奴らは素早く、壁を駆け抜け、空すら飛ぶ。

 人はその存在に触れるのを怖れ、名前を口にすることさえ忌諱する。

 ゆえに奴らは、本来の名前の一文字を取り、Gと呼ばれる。


「どうしましょうか?」


 と言われても、こちらも困る。

 だが、その瞳は明らかに、こちらに何とかしろと言っている。


 ちらり。


 一般家庭では、悪魔を払うために結界(Gホイホイ)を設置することが多いのだが、ギルドには無いようだ。

 こんなところで経費節約をしなくてもよいだろうに。

 金銭の使い方を間違っている。

 悪魔に取りつかれた場所には、当然、人も寄り付かなくなる。

 ギルドの上層部は、帳簿からは見えない実態を理解できていないのだろう。


 そろり。


 人の身では、悪魔の思考はおろか、視線さえも把握できない。

 根本的に相容れない存在なのだ。

 ゆっくりと近づいて、捕獲を試みる。


 ぴくっ。


 一瞬、奴が動きを見せた。

 こちらも動きを止める。

 奴らは一度逃すと捕獲するのは困難だ。

 しかも、その繁殖力は驚異的で、1体を見かけたら100体はいる可能性がある。


 ぱしっ。


 たまたま手に持っていた武器(紙コップ)を、素早く振り下ろす。


 がさがさがさがさっ


 手の平の下から激しく抵抗する音が聞こえる。

 背筋に怖気が走るが、手を放すわけにはいかない。


「ひっ!」


 パタパタパタ


 被害者である女性が逃げ出した。

 悪魔が怖ろしいのは解るが、助けに来たこちらを放って、逃げなくてもよいだろうに。

 冒険者は孤独だ。


 残ったのは、頼りない武器(紙コップ)と、いまだに抵抗を続ける悪魔。

 このまま始末すればよいのだが、なんだか気勢が削がれた。

 そっと、蓋をして悪魔が逃げないようにしつつ、窓に向かう。

 窓から手を出すと、なるべく遠くに放ってやる。


 カサカサカサッ


 悪魔は木陰の闇に消えていった。

 本来ならは、今後ありえるだろう被害を抑えるために、仕留めておくべきなのだろう。

 だが、気勢が削がれた頭では、そこまでする義理はないように感じた。

 気まぐれで逃がしてやることにした。

 運がよければ生き残ることができるだろう。


☆★☆★☆★☆★☆★


 後日、再び給茶室を訪れてみると、新たに結界(Gホイホイ)が設置されていた。

 逃げ帰った女性が上層部にかけあったのだろうか。


 結界(Gホイホイ)を覗いてみると、悪魔が1体、捕縛されていた。

 すでに、事切れているようだ。

 数日が経過しているのか、干からび始めている。


 ・・・・・


 この間の悪魔だろうか。

 種族が違う自分には識別できない。

 共存できない存在とは言え、逃がした相手が死んでいるのを見ると、物悲しい気持ちになる。


「あ」


 そこへ以前、悪魔に襲われていた女性が姿を現した。


「この前は、ありがとうございました」


 こちらを覚えていたのだろう。

 お礼をいってきた。


「どういたしまして」


 いつまでも過去を引きずっていても仕方がない。

 今回の件はこれで終わりにしよう。

 休憩を終えて、いつもの日常に戻っていった。

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