第8話 夜の地下迷宮

 今日はギルド(自社)での作業だったので、早い時刻に自宅に帰還できると思っていたのだが、予想外に遅くなってしまった。

 窓から外を見ると、朝よりも雨が激しい。

 さらに、風も強くなっている。


 ・・・・・


 トラウマは早めに克服しないと、長引くと聞いたことがある。

 朝は危うく地底人の罠にはまりかけたが、危険に踏み込んでこその冒険者だ。

 地下迷宮(名古屋駅地下街)にリベンジだ。


 手のひらサイズの人工生命体(Android)に話しかけて目覚めさせる(音声検索起動)。

 こいつに問い合わせると、世界樹(インターネット)にアクセスして、あらゆる情報を入手してくれる。

 たまに、とぼけた答え(ゴミ情報)を返してくるのが、たまにきずだが、冒険者には必須の相棒だ。


「ふむ」


 蜘蛛の巣のようなマップが表示される。

 地下迷宮を制覇しようとすると多大な年月を必要とするだろうが、特定のルートを辿るだけなら、なんとかなりそうだ。


「よし」


 ギルドから一番近い入口から地下迷宮に潜る。


「おぉ」


 朝とはうってかわって、大勢の人間が溢れていた。

 どうやら朝と夜では別世界のように、その姿を変えるようだ。

 地底人が商う店舗が大量に並び、地上の人々がレアアイテムを求めて訪れている。


 武器(日本刀)、魔導書(同人誌)など、地上では見かけることが少ないレアアイテムを売っている店から、魔境の食事(名古屋メシ)を提供する飲食店まであるようだ。


「あれ、先輩じゃないですか~」


 聞いた事がある声だと思ったら、後輩がいた。

 先にギルドを出たはずだが、地下迷宮に潜っていたらしい。


「珍しいですね~、帰り道で会うのは。初めてじゃないですか~」

「ああ、いつもは地上を通るから」

「へ~~~」


 何が嬉しいのか、ニコニコと、こちらを覗き込んでくる。

 ・・・顔が近い。

 視線を逸らせて、後輩が出てきた店を見る。

 鳥類の希少種(名古屋コーチン)を食材に用いたメニューを提供する飲食店のようだ。

 どうやら食事をしていたようだ。


「ここの親子丼、おいしいんですよ~。今度、一緒に食べにきましょう~」

「へぇ、いい匂いだね」


 漂ってくる香りに興味をそそられるが、今日は止めておこう。

 後輩も食べ終わった直後のようだし、知り合いがいるのに一人で食べるのも味気ない。


「先輩は今帰りですか~」

「ああ」

「じゃあ、一緒にかえりましょう~」


 ふむ。

 どうやら後輩は地下迷宮に詳しいようだ。

 情報収集を兼ねて、話しながら転移ポータルへ向かうことにする。


☆★☆★☆★☆★☆★


「大学時代に、よくぶらついていたんですよ~」


 有益な情報を得ながら、連れ立って歩いていたのだが、注意力が低下していたらしい。


★リビングデッド(酔っ払い)×10が現れた★


 地下迷宮は昼のように明るいが、時間帯は夜だ。

 遭遇してもおかしくない相手だ。

 運の悪いことに、ちょうど壁の穴から這い出してきて、瞬く間に通路を塞ぐ。

 うろうろと彷徨い歩き、しばらく、その場から立ち去りそうにない。


 こいつらは近寄らなければ大した攻撃を加えてこないが、下手に話かけると途端にこちらに襲い掛かってくることがある。

 攻撃手段は、口から吐き出す毒霧(酒臭い息)だ。

 濃度が高いと毒の沼地(ゲロ)と化し、本体が立ち去っても、その場から消えない。

 夜から朝にかけては注意を怠ると、思わぬダメージをくらうことになる。


「こっちから、行きましょう~」

「お、おい」


 後輩がこちらを引っ張って脇道にそれていく。

 大丈夫だろうか。

 事前に調べたマップでは、先ほどのルートしか覚えていない。

 強引に進んでいく後輩を振り払うわけにもいかず、そのまま付いていく。

 もう、自分では元のルートに戻る自信がない。


☆★☆★☆★☆★☆★


「到着~」

「こんなところに出るんだ」


 普段、利用しない裏口のような場所だが、転移ポータルであることは判る。

 冒険者になって数年が経つが、初めて来た。


「それじゃあ、また明日~」

「また明日」


 別の行先に乗り込んだ後輩を見送って、自分も乗り込む。

 もともと、今日の帰還時刻が遅くなったのは、後輩の怪文書に付き合っていたことが原因だ。

 だが、最後に助けられたことで貸し借りはなしだろう。


 それにしても、今日は後輩の意外な一面を見た。

 ギルドでは自分が先輩だが、それ以外ではあちらが先輩であることもあるのだろう。

 本音を言うと教育に少し手こずっていたのだが、気長に付き合っていくことにしよう。

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