第6話 朝の地下迷宮

 窓を叩く音に目を覚ます。

 スマホを引き寄せて時刻を見る。


 朝の6時00分。


 目覚ましのアラームが鳴るより前の時刻だ。

 二度寝するほどの時間はない。

 なんとなく、損をした気分になった。

 しかも、外は雨だ。


 むくり。


 今日はいつもより早く自宅を出ることにする。

 ぼーっとしているのも時間がもったいない。

 ちょうど良い機会だ。

 以前から試してみようと思っていたことがある。


☆★☆★☆★☆★☆★


 ギルド(自社)近くの転移ポータル(名古屋駅)に到着した。

 地上は酸性雨が降っている。

 ダメージを避けるために、地下迷宮(名古屋駅地下街)を通り抜けることにする。


 最近入手した情報によると、地下迷宮は地上の色々な場所に繋がっているらしい。

 出入口さえ間違えなければ、長距離をショートカットできるそうだ。

 さらに、出入口の1つがギルド近くにあるという。


 今日はいつもより時間に余裕がある。

 多少、迷っても大丈夫だろう。

 いざとなったら、引き返せばいい。

 とりあえず、方向感覚を頼りに進んでみよう。


 カツカツカツ・・・


 壁は上下に動く扉のようなもので覆われている。

 たまに半開きになった扉があり、奥を覗くと人の姿らしきものが見える。

 地底人だろうか。

 しばらく、そのまま進む。


 カツカツカツ・・・


 転移ポータルから地下迷宮に入った直後は、周囲に大勢の冒険者がいたはずだが、今は数えるほどになっている。

 少し不安になったが、まだ視界の範囲にいる。

 カッコ悪いが、最悪、道を聞けばいい。


 カツカツカツ・・・


 自分の足音が、やけに大きく聞こえる。

 おかしい。

 普段は夜道を歩いていても、こんなに自分の足音に気づいたことはない。


 カツカツカツ・・・


 どうも、壁や天井に反射して足音が響いているらしい。

 小さな疑問が解決しただけだが、なぜか安心する。

 そこで、ふと、辺りを見回してみる。


「!」


 いつの間にか、周囲に人影がない。

 ぽつんと、一人取り残されている。

 先ほど安心した理由が、逆に不安をかきたてる。

 地上であれば周囲の音から位置を予想できるが、音が反響する地下ではその手段が通用しない。


 カツカツカツカツカツ・・・


 角を曲がれば、まだ人がいるかも知れない。

 速足になりながら、先を進む。

 こうなれば体裁を気にしている場合ではない。

 誰でもいいから道を尋ねよう。


「!!」


 しかし、現実は非常だった。

 角を曲がった先には人の姿はなかった。

 脱出のヒントになるものはないかと辺りを見回す。

 そこで、床のタイルの繋ぎ目の不自然さに気づいた。


 迷宮の道は、まっすぐなように見えて、ほんの僅かな角度ずつ、曲がりくねっている。

 トリックアートのようだ。

 しまった。

 もはや、進んでいる方向すら、正しいかどうか分からない。

 なぜだ。

 地上は碁盤の目のように、まっすぐな道が交差して成り立っているというのに。

 まさか地底人の罠か。

 地下に引きずり込んで、地上に帰さないつもりか。


 ふわ~~~


 さらに追い打ちをかけるように、甘い香りが漂ってくる。

 だが、周囲を見回しても香りの発生源が特定できない。

 まるで、焼き立ての洋菓子のような香りが、思考を夢の世界へ誘う。

 もはや、間違いない。

 これは地底人の罠だ。

 すでに、聴覚、視覚、嗅覚を封じられてしまった。


 カツカツカツカツカツカツカツ


 どこでもいい。

 地上に出ることにしよう。

 何度か分岐路があったが、今となっては、方向感覚も当てにならない。

 勘を頼りに選択を繰り返していく。


 ザー・・・


 朝は憂鬱な気分にさせていた雨音が、今は懐かしい。

 地上はもうすぐだ。


 パタパタパタ


 肌を濡らす水滴の感覚が、無事に地上に帰還できた実感を沸かせる。

 時間と場所を確認すると、ギルドまで半分くらいの距離の場所で、いつもと同じくらいの時刻だった。

 夢を見ていたかのようだ。


☆★☆★☆★☆★☆★


「おはようございます」

「おはようございます」


 ギルド(自社)に到着し、いつものようにギルドカード(社員証)をかざして、ゲートをくぐる。


 やはり、充分な準備もせず、思いつきで迷宮に潜るべきではなかった。

 冒険者として、恥ずべき行動だ。

 そんなことがあったなど、周囲の人間は知る由もないだろうが、気恥ずかしさを覚える。


 普段は朝から飲まないポーション(缶コーヒー)で喉を潤しながら、クエストボード(予定表)を確認する。

 気分を変えてクエスト(お仕事)だ。

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