第5話 魔女の館

 本日のクエストが終了した。

 フレンドリーファイアなどのピンチもあったが、なんとか無事に生き残ることができた。

 いつもならギルドへ戻るところだが、今日は疲れた。

 少し時間が早いが、帰還することにした。


 転移ポータルから自宅への道を歩いていると、珍しく魔女の館(閉店間際のスーパー)が開いていた。

 普段は閉まっていることが多いのだが、今日は運がいい。


 その品揃えは、魔女がきまぐれで用意しているかのごとく、日々変化する。

 ほとんど品物が並んでいないこともあれば、レアアイテム(値引きされたお惣菜)を売っていることもある。

 当然、そのことを知っている者たちは、レアアイテムを狙って集まってくる。

 ほんのわずかな差で、他の人間にレアアイテムを掠め取られることもある。

 重要なのはタイミングだ。


 季節は夏。

 一刻も早く自宅に帰還して汗を洗い流したかったが、後回しにする。

 そのまま魔女の館へ足を踏み入れる。


 かたっ。


 籠を手に取り、奥へ進む。

 レアアイテムは、毎回同じ場所に置かれていない。

 ノーマルアイテムの中にレアアイテムが紛れているのだ。

 そこから探し出す必要がある。

 だが、ここで焦ってはいけない。

 他の人間も考えることは同じだ。

 こちらがレアアイテムを発見したことに気づくと、背後から忍び寄り、瞬きの間に横から攫っていく。


「!」


 まだ、数メートルの距離があるが、なんとSレアアイテム(パック寿司)を発見した。

 このアイテムは劣化が激しいこともあり、レア度が上がる(値引きされる)タイミングが早い。

 その分、残っている確率が低い。


 そろ~り。


 さりげなさを装いながら、Sレアアイテムに向かう。

 そこへ、Sレアアイテムを挟んだ向こうから、強敵の存在が見えた。


★シーフ(歴戦の主婦)×1が現れた★


 このジョブについている者は、お金(家計)が絡むと、人間の限界を超えた戦闘能力を発揮する。

 ときに俊敏に、ときに強引に、レア度の高いアイテム(お買い得品)を手に入れる。

 しかし、幸いなことに、Sレアアイテムの存在に気づいていないようだ。

 別の棚を見ている。


 そろ~・・・スタスタ。


 相手の視線がそれているスキに、歩く速度を上げる。


 ピクッ・・・パタパタ。


 しまった!

 こちらの動きに反応して、Sレアアイテムに気づかれた。

 だが、こちらの方が距離が近い。

 早めに手を伸ばして、入手する意志を示す。

 冒険者であれば暗黙の了解で譲ってくれることもあるが、シーフの場合は強引に来る可能性もある。

 予想通り、相手も手を伸ばしてきた。


 パシッ!


 ギリギリの駆け引きだったが、運命の女神はこちらに微笑んだようだ。

 なんとか、Sレアアイテムをゲットした。

 そのまま振り返ることなく、料金を支払いに向かう。

 背中に恨みがましい視線を感じた気がしたが、勝負の世界は非常だ。

 こちらが負ける可能性もある以上、情けは禁物だ。


「ありがとうございました」


 売買契約が成立した。

 これで奪われることはないはずだ。

 一度手を触れたからといって油断すると、籠から視線を外した瞬間に、籠からアイテムが消えているなどといったこともある。

 世間では都市伝説と化している超常現象だが、魔女の館では、まれに発生する。

 その真実を知るものは多々いるが、それを口にする者は少ない。

 なぜなら、口にした途端に神(家計を守る主婦)から見放される(お小遣いを減らされる)ことがわかっているからだ。


☆★☆★☆★☆★☆★


 自宅に入り汗を洗い流したら、ようやく食事だ。


 カシュ・・・ごくごく。


 エリクサー(缶ビール)の栓を開け、3分の1ほど飲み干す。

 HP/MPが回復していくのを感じる。


 パチッ・・・ぱくっ。


 ゲットしたSレアアイテムを口に運ぶ。

 旨味が胃に、満足感が胸に染み渡る。


 ごくごく・・・けぷっ。


 さらに、エリクサーを3分の1ほど飲み干す。

 心は完全に落ち着いた。

 その後は、ゆっくりと食事を取る。


 ぴっ。


 テレビの電源を入れる。

 バラエティ番組で見たことがない芸人が喋っている。

 微妙に受けている。

 いっそ、思いっきり滑った方が、おいしいのではないだろうか。

 週1回くらいの頻度で、テレビで見かける芸人が、被せるように笑いを取っている。


「おぉ」


 爆笑するようなネタではないが、若手と自分の両方が受けたよう流れに持っていった。

 その職人芸に関心した。


 アルコールが入ったせいか、時間帯は早いが眠くなってきた。

 部屋を暗くして、ベッドに横になる。


「おやすみなさい」


 今日も一日、お疲れ様でした。

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