8月26日-4-

固まっていた時間が緩やかに動き始める。


「僕も・・・その、あれだ・・ごめんな?」


どう思われても構わない二人だが、僕の中に釈然としないものもある。


「何がでしょうか?」


「いや・・・だから、その・・・ビッチとか言ってしまった事だよ!」


言葉を選んで僕は言う。

嫌われる為とはいえ、あまり思い出して欲しくはない暴言だ。


言葉の暴力で僕は芹香を傷つけた・・・。


芹香は涙目ながらも小さく笑って答えた。


「本当の事ですから大丈夫ですわ」


そんな風に言ってのける芹香に胸がきゅっと締めつけられた。


過去の話しとはいえ笑いながら・・そんな事が言えるものなのか?


毒親に無理やり風俗に堕とされ、悲惨な人生を送っていたであろう芹香に僕は・・・


なんでこんなに醜い性格なんだ・・・


息苦しい・・・自分が嫌になる。


「正護・・・さん?」


芹香に名前を呼ばれたその時・・・


じわりと僕の目の端に涙が滲んでいた。


「えっ・・・あれ?」


無意識に涙が出ていた。


芹香の手を離し急いで涙を拭った。


僕は思わず言葉を失う。


自分の性格の悪さがこんなにも嫌に思う事は今まで無かった。

意識的にひねくれて周りを見下し、人と関わるのを避けてきたのに・・・


度し難いほどの醜さが僕の中に渦巻いている。


芹香が黙って僕を抱きしめてきた。


柔らかくて・・・良い匂いがした。


同情されて慰められている様が恥ずかしい。

悠里も見ているから余計に恥ずかしさが込み上げてくる。


それでも・・息苦しさはなくなった。


「お互い・・もう謝るのは止めにしませんか?」


耳元に呟く芹香。

僕も小さく「分かった」と呟いた。


それから暫くの沈黙の後に悠里が言った。


「いや~良かった良かった!」


なんなのこの人・・・と悠里の方を見ると、悠里は満面の笑みである。

気まずさからの悠里なりの明るい発言。


芹香がどうして悠里にそこまで順応に従っているのか疑問だが、これから少しずつでも打ち解けてきたら話してくれるかも知れない。


罪悪感からくるものだと思うが、僕は二人に出ていけとはもう言えない。


馬鹿正直に本音で話す芹香に、怒りが治まっていく感覚があった。

口では僕に謝罪をしていても、問いただせば素直に答えるその姿勢が、面白いというのか呆れるというのか良く分からないけど、芹香の包み隠さないその態度が僕には好印象に映った。


それよりも芹香は本当に傷付いていないのだろうか?

笑って否定する芹香の表情に、僕は救われるどころか逆に心配になった。


ずっとこのままも気まずいので僕は芹香から離れて椅子に座り直した。


一呼吸入れたいので一度、小さく咳をして二人に言った。


「と、とりあえず・・・警官を見つけてから作戦を練ろう」


話しを戻し、それを察した二人は答えた。


「うん。それが良いかもね!」


「了解しました」


掴みどころがなく何を考えているのか理解に苦しむ二人だけど、なんとなく居心地の悪さは薄まった。



それからはたわいもない話しで少し盛り上がったりした。


気が付けば芹香は、いつもの真顔に戻っていたのには少し笑ってしまった。


こんなに長く三人で話したのも初めてだ。


単純といえば単純だけど、拍子抜けするほどに、この空間が居心地良く感じた。


「正護君・・・今日大丈夫?」


心配した面持ちで悠里が聞いてきた。

どこか気を使ったように声量を抑えていた。

信用されていないのも無理はない。

だけどそれも自分の撒いた種。

仕方がないなと割りきるしかない。


「まぁ・・・どうなるか分からんけど頑張るわ!」


手っ取り早い魔法の呪文【頑張る】を僕も使って返した。

使ってみて、やっぱり僕はこの言葉が嫌いだなぁと改めて思った。


「うん!頑張ろうね!」


そう言って悠里は手を上げた。


「はい」


芹香の声音はいつもと変わらない。

相変わらず口数は少ないが、いつも通りの安定した状態の芹香。


そんな芹香を見て、昨日の夜に芹香にお願いされた事を思い出した。


悠里が危険な目に遇いそうになったら私を代わりにと言っていた事・・・


自己犠牲を買って出る姿勢に、それだけは起きないようにしないといけないと思った。

僕にそんな力は無いけど、慎重に行動すればそういった危険性も回避出来るかもしれない。

名前負けと思われても仕方ないが、二人を黒田達から護る方法を考えなくてはいけない。


「正護君?」


険しい顔をして考えていたので、心配した表情で悠里が尋ねた。


「ん、あぁ・・・大丈夫!」


不器用ながらも笑って返した。


「無理しないでね?」


「ん・・分かってるよ!」


過保護とも取れる悠里の発言。

僕にここまで親身になる理由が思い浮かばない。

これが浅川悠里の性格だからと言われたらそれまでだが、時折見せるその優しさに疑問を持ってしまうのは、僕の性格がこんなだからなのかと考えてしまう。


自分の事は棚上げだが、悠里は自分をさらけ出すということをしない。

悠里は僕にプライベートな事を、頻繁とは言わないがちょくちょく聞いてくる。

暇つぶしの一環だろうが僕も悠里に・・・というよりも二人に多少の質問はある。


謎だ謎だと思うだけではなく僕からも聞いてみたくなった。


「それじゃ後・・一時間位したら外に出てみようよ!」


現在の時刻は9:45


確かにその辺で出発するのが頃合いだ。


「そうだな」


「出発する時間になったら声掛けてね?」


そう言って立ち上がる悠里。


「えっと・・・ちょっ・・待って」


「どしたの?」


「あっ・・・いや、なんでも無いっす」


「えぇ!?気になるよぉ!!」


驚いて大声になる悠里。


まぁ・・無理もない。


「もうちょっと・・話さない・・か?」


気持ち悪い。

自分で言ってて気持ちが悪い。

口下手でコミュ障な自分が、人を引き止める術を持っていないからとはいえ酷いな。


僕が放った気持ち悪い言葉に、悠里は目を丸くした。


「えぇ~どしたの正護君!!」


嬉しそうに悠里は言う。

ソファーに座り直し、ニヤニヤと笑っている様に腹が立つ。


僕は乾いた笑いで誤魔化した。


「私は構いませんよ?」


そう言って芹香が僕の顔を見た。

その表情はどこか面白がっているようだ。









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