8月26日-3-

「そ、そんな事言わないでよ!!」


悠里が叫んだ。


警官捜し?ふざけんな・・・・

そんなの中止だ。こいつら二人と決別しないといけない。


「芹香ちゃんもその・・魔が差しただけだよね?」


「はい」


悠里の言う言葉に一切否定しないのが不自然にしか思えない。


「嘘つけ・・」


小さく投げ捨てるように僕が呟くと芹香は即答で返してきた。


「嘘ではないです。大変申し訳ありませんでした」


淡々として事務的と言うか機械的な言い方に嫌悪感が募る。


わざと僕を怒らせる為に言ってるのか?


「黙れよクソビッチ」


言った瞬間、ずきっとした。

こんな言葉で人を傷つけたくはないけど、こいつらに嫌われるように仕向けようと僕は吐いた。


二人は何も言ってこない。


気まずく淀んだ空気が流れる。


二人の顔が見れない。

芹香はどう思ったのだろうか?

泣かせたくは無い・・・でも、こいつらと一緒にいたくない。。。


重苦しい場に静寂。


息苦しいし殴られた頬がじんじんして痛い。


黒田に殴られ、まさか芹香にも殴られたりするとは思わなかった。


僕の性格の悪さが招いた結果だと頭では理解出来ているけど、暴力に出てくるような奴とは一緒にはいられない。



黙ってここを出ようかな・・・


可能性は低いが運良く空き家があるかも知れない。

でも・・無かった場合を考えると怖い。

野宿なんて絶対に嫌だし、放浪した挙げ句にここに戻る事になったらそれはそれで恥ずかしい。


こいつら二人はどこの家でも迎え入れてもらえるだろうし、やっぱり二人に出ていってもらいたい。

本音を言えば空き家を探すのが面倒だ。


はんば無理やりに住み着いた訳だし、潔く出ていって欲しい。


「どうか・・・許して頂けないでしょうか」


考えが纏まらない内に芹香が言った。


「無理だろ?」


「私を殴って頂いても結構ですから!」


そんな幼稚な事は全く望んでいない。


「いや・・・そういう問題じゃない」


「で、では!私で良ければ好きにして頂いても結構ですから!」


そう言いながら芹香は僕の前にやって来て正座をした。


昨日の夜と同じ事を口走っている。


「だから・・・そんなんじゃないから」


必死に僕を説得する芹香。

そんな芹香に違和感を感じた。


ここまでして僕を説得して何の意味がある?


前々から思っていた事だが、そうまでして僕と一緒に居たいと思うメリットが浮かばない。


それに悠里は何も言わない。


どうして芹香を止めない?


こんな事を言っている芹香を止める気配がない。


悠里の発言には絶対的に従う芹香にも違和感を感じざるおえない。


「どうか・・考えを改めてて頂けないでしょうか?」


そう言って小さく「私は何でもするので」と呟く芹香を細目で盗み見た。


深刻な顔で泣いて懇願していた。


すがるように・・・

後に引けない様子が伝わってくる。


常に真顔で喜怒哀楽を殆ど表に出さない芹香が泣いている。


泣かしたのは僕だ。。。


僕は何も言えない。

言いたい事があるとするならば、諦めて今すぐこの家を出て行ってくれだ。


何も言わない僕に悠里が、


「私・・・あっちにいるね?」


寝室を指差し言った。


それはどういう意味だ?

僕と芹香を二人にしても何も解決はしない。

寧ろ悪化するビジョンしか浮かばない。


「部屋にいるけど・・な、何かあったら・・・呼んで・・ね?」


一瞬言い淀んで言い直す。


理解出来ない。

ここで捌ける理由が分からない。


第一、お前ら二人に出ていけと僕は言った。それは当然聞こえているはずだ。

そんな中、口論の途中に抜けるとか何がどうなったらそんな思考になるんだ。


僕の返事を待たず悠里は立ち上がった。


「ま、待て!!」


僕は叫んだ。


「ど、どうしたの?」


「いや・・あり得んだろ?」


「だ、だって・・・私、邪魔かな~って!」


ちょっと困ったように笑ってそう言う悠里に、即答で返事をした。


「邪魔・・じゃない!むしろ居てくれ!」


「う、うん。分かった・・・」


悠里は再びソファーに座った。


邪魔ってどういう意味だよ。

このまま二人にされたら、それこそ沈黙の館と化すだけだぞ。


「とりあえず・・・あれだよ・・価値観の違いと言うか、方向性の違いと言うのか・・」


頭をフル回転させ、それらしい理由をどうにか捻り出しぼそぼそ言った。


感じ取って欲しい。

お前らを全力で拒絶している事を・・・。


芹香が無言で僕の手を握ってきた。

柔らかな手の感触。緊張のためか、ほんの少しだけひんやりと汗に湿っているのが伝わる。


手が震えている。


そのまま手を胸に押し当てた。


柔らかいって感想しかないが、こんな事をされても非常に困る。


わざと嫌われる為に、さすがビッチだな?って言う事も出来るがそれは気が引ける。


泣いているのは演技か否か、震えているのも演技かどうか分かりづらい。


こんな事までして許しを請う姿勢が不気味に思える。


悠里は何故止めない?


それで良しとしているからなのか?


切羽詰まってこんな安っぽい色仕掛けを何故黙って見ていられるんだ・・・


頭の中で理由を模索してもピンとくる答えが見つからない。


僕の手を自身の胸に押しつけたまま離そうとしない芹香。


「こ、こんな事されても迷惑なだけだ!」


「ごめんなさい」


芹香は小さく呟くが手を離そうとしない。


「どうして・・・」


「どうしてとは?」


捨て身と言う言葉が適切だ。僕の怒りを鎮める為に何でここまで出来るんだ?


「お前の本音を聞かせてくれ」


「私の・・・本音ですか?」


何故ここまでする必要があるのか、こんな事を聞いても、適当にはぐらかしたり嘘をついたり出来るから意味もない。


僕は頷いた。


だけど芹香は・・・


「悠里さんに謝れと言われたから・・」


馬鹿正直に芹香は答えた。


そう言えばこういう奴だった。


「ちょ、芹香ちゃん!?」


慌てた様子で悠里が立ち上がった。


「それじゃ泣いているのも演技なん?」


畳み掛けるように僕は尋ねた。


「いえ・・・それは違います」


含みありげに芹香は答えた。


「はぁ?」


「悠里さんを困らせてしまった事が・・その・・悲しくて・・・」


話しを聞いていた悠里が咳払いのような吐息を漏らした。


「んー、で、でも正護君に悪いとは思ってるんだよね?」


「はい」


悠里に聞かれ即答で返す芹香。


「じゃ、じゃぁそれー・・・」


「あっ、ちょっと黙ってて!」


言葉を遮り僕は言った。


悠里は弱々しく笑って「うん」と答えた。


「僕には悪いと思っていないって事?」


「殴ってしまった事は謝罪します。悠里さんを馬鹿にしたように見受けられましたので頭にきて・・・申し訳ないです」


そう言ってぺこりと頭を下げる芹香。


馬鹿にしたようにか・・・

まぁ実際に馬鹿にしていたと思う。

仲間になったつもりなんて無いのに軽々しくそんな言葉を口にした悠里に。


「分かったよ」


僕がそう言うと芹香は少しだけ手の力を抜いて尋ねた。


「そ、それでは?」





















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