7月22日-2-

「止めに入った井上さんを、興奮状態にあった黒田さんが突き飛ばしましたの」


うぉ!心踊る展開じゃないか。


「それでも井上さんは、立ちあがり必死に止めに入ってましたわ!」


「そっか、あなたはその時どうしてたの?」


聞くと大室さんは射るような眼光を僕に向け答えた。


「ただ黙って見ていましたわ!」


そう言われ、やっぱりって思ったが、僕に言い訳するでもなく、ありのままを伝えるのは素晴らしいと思う。

普通、こういった状況説明で、そんな事を聞かれたら、例え事実と違っても、私も助けにいこうとしたとか、怖くて動けなかったとか言い訳じみた事を言っても不思議じゃない。


続きをどうぞと手で催促する。


「黒田さんは、お前はもう消えろと叫びました。そしたら井上さんは呆然と立ち尽くしました」


最悪じゃないかクソ田。


「うつ向いていましたが、井上さんは震えてまして、それから少しして黙ったまま泣いていました」


黒田ファミリー崩壊の危機だな。

声に出して笑いたい所だけど、そこは耐えて大室さんの話しを聞いた。


「ばつが悪そうな顔で黒田さんは、涙を流す井上さんを前に、困った様子で謝罪してまして、私達はその隙に黙って家を出ましたの!」


「えっ?よく気づかれなかったな?」


「はい。黒田さん、井上さんの方を向いて必死に説得してましたので」


「いや、でも次に黒田に会ったら大室さん達も気まずくないか?」


「あら?」


不思議そうに大室さんは言った。


「悠里さんは名前で呼ばれているのに私はそうじゃないのですか?」


そっちかよ。


「いや、別にどっちでも良くない?」


むすっとした表情の大室さん。ご機嫌が麗しくないのが分かる。


確か、芹香せりかだったよな。


「芹香さんも黒田ファミリーに入るのは嫌だったの?」


「あはっ!黒田ファミリーって!」


悠里が手を叩いて笑った。

おぉ、僕が言った事で笑いが起きた。

基本ぼっちの人見知りだからか、こんな些細な事に高揚している。


「私は悠里さんの意見に従っているまでですわ?」


一方で、眉一つ動くことない芹香。

幼い顔立ちなのに凛としていて、真っ直ぐにこっちを見てくる。


悠里は、言動からか残念美人な印象で、芹香は可愛い顔なのに、殆ど笑ったりしないような印象だ。


まぁ、そんな事より話しを進めたい。


「あぁ、そうなん?逃げてからこの時間までどうしてたの?」


「島の中をぐるぐるしてたよ!」


悠里が答えた。馬鹿丸出しの返事だ。


「えっ?この時間まで?」


「そうだよ!」


あっけらかんと悠里は言ったが、結構な時間は経っているぞ?

多分、10時間前後は経っている訳だし、その間2人で夜中までって考えると危ないし、怖くないのか?


「いや、そういえば他に組む人がいるって言ってたよね?」


「あぁ、それ嘘だよ!」


悠里は爽やかに笑って答えた。


「だって、黒田さん達、四人もいるし、私達と正護君入れたら七人じゃん?」


じゃん?と言われても、僕は入る気はさらさら無かった訳だけど、悠里達が来てなかったら、言いくるめられて、逃げれなかったかもしれない。


「人数が多いと何か駄目なのか?」


「んん~、そうじゃないけど、何かあの集団は嫌だったの!」


じゃぁ、人数関係ないだろ。


「それより、正護君はさ、どうしてここにいるの?」


「えっと・・・一人が好きだから」


「えぇ!!寂しくないの?」


妙にまっすぐ視線を向けられてしまい、僕が曖昧な言葉を返していると、芹香が立ち上がった。


「眠たいですわ」


真顔で芹香は言う。


「そうだね~夜更かしはお肌に悪いもんねぇ」


つられて立ち上がり、むーっと伸びをする悠里。


「それじゃ、解散で!気をつけて帰れよ?」


そう告げると芹香が顎に手をやり軽く首を捻る。


「・・・泊めて下さらないの?」


薄々、こうなるんじゃないかとは感じてはいたが、僕は窓の方を向いて答えた。


「ほら!夏だし、外も若干明るくなってきてるじゃないか?」


「だから?」


冷たく低いトーンで芹香は言う。


窓硝子越しに、芹香が映っていて、いつも通りの平常運転な真顔でこちらを見ているのが分かる。


「うん。だから、これにてお開きとゆうことで!」


そう言って、窓に映る芹香を見ると、夏なのに、寒いくらいの視線が突き立てられた。


芹香の視線に、思わずたじろぐ。

ガン飛ばしてきちゃってる。


何を言っても無駄な気がする。


「正護さん?」


芹香に名前を呼ばれただけなのに背筋がぞくっとした。

今、声を出すと「はひっ!」って返事しそうになるので、ただ黙って外の景色を見ていよう。


なかなかに静かで居心地の悪い時間が過ぎていく。

時計があれば、チックタックと音が聞こえてくるだろう。


森の近くとあって、虫の声が聞こえてくる。

そして僕は虫の息とか考えていても仕方ない。


「お布団・・・あちらですか?」


振り向くと、芹香は寝室の方向に指を差す。


僕が、眠っていた場所だ。

間取りも、黒田達と入った民家と同じような家だったこともあり、寝室は直ぐにばれた。


多分だけど、殆どの民家が、似たような造りの間取りなんだろう。


ポツポツとだが、二階建ての家もあったが、おそらくそれほど変化があるとも思えない。


二階建ての家には、サザエさんクラスの団体さんが住む予定で建てたのだろうと推測出来る。


「悠里さん、行きましょ?」


「えっ?あっ、うん」


困惑気味に悠里が返す。


観念するしかない。

この状況で、芹香に向かって「あいや、待たれい!」と入る度胸は僕にはない。


小さくため息を吐いて、僕は言った。


「んじゃ、僕はここのソファーで寝ることにするよ?」


もう二度寝する事もない位、目は冴えているのだけど、とりあえず言っておいた。


「こちらにご用がありましたらノックはして下さいね?」


そう言って、芹香は笑ってみせた。


作り笑いでも、冷笑でもない本心の笑顔は可愛かったが、こんな状況で見せられても、ただただ怖いだけである。


とりあえず、こいつらが起きてから話し合うかな。

最悪、他の空き家に移動もしないといけない。寝ている隙に夜逃げの如く、出ていこうか考えてはみたが、それもまた面倒くさいのでその案は却下とした。

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