7月21日-7-

「何で黙ってんだよ!?」


言いながら黒田が近付いてくる。


咄嗟に一歩後退する僕。

このまま走ってここから逃走することも視野に入れたが、体育教師の黒田に追ってこられたら、撒くことは難しいだろう。


「す、すいません!」


反射的に僕は謝った。

悠里達もいるし、この状況なら許してもらえると思う。


黒田は僕の目の前まで来た。

穏便にしたいだろうから変な気は起こさないで欲しいと思っていたが・・・


僕は甘かった。


黒田は無言で僕の顔面を殴った。


「あっ、ご、ごめんなさい反省してます!」


痛い・・本気で殴られた訳では無いが、それでも普通に痛い。

両手で僕は顔を覆った。


「消えろ・・・」


他の人には聞こえないトーンで黒田は呟いた。


「は、はい!すいません!」


僕は黒田に小さくお辞儀をして走った。


玄関で素早く靴を履いてこの家から出た。


追ってはこないだろうと分かってはいたが、防衛本能から走っていた。


走りながら、殴られた右頬を擦る。

膨れてはいないが、それでもまだ痛い。


失敗した。

あんな事言うんじゃなかった。


後悔しても仕方ないが、無名島はそんなに大きな島じゃないし、またあいつに会っても全然不思議じゃない。


会ったら気まずいだろうし、どんな対応されるか分かったもんじゃない。


つーか、あれだけの事で普通殴るか?

職業が教師って言ってたけど、皆から信頼を得る為の嘘じゃないかと思う。


まぁ今となってはあんな奴のこと考えるだけ無駄だ。

ただひたすらに黒田の両腕爆破しろとしか思えないわ。


こんな長時間走ることも最近は無かったから疲れてきた。


走るのを止め、森を抜けて僕は今朝まで泊まっていた自宅まで帰ってきた。


そこで気付いたが、僕の自宅周りに二軒ある内の一軒に灯りが付いているのが分かった。


このポツンと佇む三軒の中で、ここを寝床にしている人がいるみたいだ。

複数人で住んでいるのか、単独で住んでいるのかは分かるわけないけど、僕には一切関わらないで欲しいと願うばかりだ。


ポケットから鍵を取り出し、玄関のドアを静かに開けた。


静かな空間に安堵する。


玄関の鍵を閉めてよろよろとソファーまで向かう。

そのまま倒れるように寝ころがった。

まだ昼過ぎ位だろう。


今日はもう外に出たくない。


黒・・・クソ田に殴られた事を思いだしイライラとしてきた。


「うぜぇ・・」


誰もいない室内でボソりと呟いた。


悠里達には別にどう思われようが構わないが、なかなかに情けない光景だっただろうな。


あいつらはあの後、無事に黒田から解放されたのだろうか?

良くも悪くも悠里が僕に声を掛けてくれなかったら、あのまま黒田に圧しきられて黒田ファミリーに入っていたかもしれない。


黒田の本性を知れば、他の人達も何かしら思うところがあるだろう。


白川さんは楓花ちゃんの看病で別室にいたから、僕達のやり取りにはおそらく気づいていなかったと思う。

寝込んでいる楓花ちゃんもだけど。


井上とか言ってた社畜っぽいおっさんは、どう思ったんだろうか。

黒田は仲間意識の塊みたいな奴だし、その内ボロが出まくって孤立すればいいんだけどなぁ。

それより・・やっぱり両腕爆破してくれと強く願うわ。


今更こんな事を考えても無意味なのは分かるが、それでも黒田に対する苛立ちが収まらない。


無名島で怪我なんてしたら大変だ。

これからは今まで以上に人と接するのは避けないといけない。


起きあがり特に何も考えず家の周りを探索してみた。


監視カメラが・・


玄関とリビングと寝室に当然のように設置してある。

目に見えるだけで三ヶ所だ。


無名島の住宅の数は分からないけど、多分50軒以上はあると思う。


狭い島内のあちらこちらに住宅があった。

一軒につき、三~五台位の監視カメラが置かれているのならば、相当な人員が見ているのではないか?

主催者側の人数もかなり多いと思う。


監視カメラのレンズにタオルなんかを被せて、見えなくしたらどうなるんだろう。


物を壊した訳では無いし、禁止事項とやらに引っ掛からないのではないか?


そんな事を考えつつも実行に移す度胸は無いけど。

それで両腕のリングに付いている爆弾を作動されたりしたらたまったもんじゃない。


黒田辺りが実行してみてくれないかなぁ。

後、昨日、幼女を蹴飛ばしたおっさんとか。


まぁ考えるだけ無駄だ。

今はとにかく誰かの行動待ちだ。


それにしても暑い。


夏だし走ってこの家まで戻って来た訳だから余計に暑い。


ご丁寧にエアコンもあるのが笑えてくる。


壁に取り付けられているリモコンを取り、クーラーを付けた。


程なくして部屋中が涼しくなってきた。


家中を歩き回っても、特に収穫も無かった。


何かしらの手がかりがあればと思ったが、本当に、ごく一般的な民家だ。


缶詰めの非常食に冷蔵庫に入っていたペットボトル(中身は水)を手に取り、またソファーの前まで戻って、立ち止まった。


今日は色々と疲れた。


ソファーで寝るのも疲れが取れないし、布団を敷いて寝ることにしよう。


寝室であろう部屋の押し入れから、布団を取り出し、適当に準備をした。


布団の上で、乾パンをボリボリと食べていると物足りない感覚に襲われてくる。


明日も物資をヘリコプターが飛んで持ってきてくれんのか?


アタッシュケースがばら蒔かれたら、どうにかして一個は確保しないとな。


そんな事を考えつつ、まだ夜にもなっていないが早めの就寝を取った。

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